特集2 北海道の物語 ~東京2020大会のレガシー~/文化の多様性を発信

東京2020大会の理念のひとつが「多様性と調和」。公認プログラムのアイヌ舞踊パフォーマンスにより「ともに尊重し合うことで、優しく穏やかな世界へ向かいましょう」というメッセージが国内外へ広く発信されました。東京2020大会は、これまで培われてきた道内各地の特色あるアイヌ文化や伝統をより多くの皆様に知っていただき、次の世代へとつなぐ貴重な機会となりました。

東京2020大会 公認プログラム アイヌ舞踊パフォーマンス

アイヌ舞踊パフォーマンの様子
●アイヌ舞踊パフォーマンスの様子

2021年8月5日~8日、マラソン・競歩の会場となった札幌市では、東京2020大会公認プログラムのアイヌ舞踊パフォーマンスが披露されました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)予防対策のため、特設ステージ前には、大会関係者と報道関係者を除き、観客はいません。しかし、美しいアイヌ舞踊はオンラインで世界各国へと配信されました。約200人のアイヌの踊り手たちを率いた総監督・秋辺デボさんに、舞台裏とこれからの展望を伺いました。

東京2020大会 公認プログラム
                      アイヌ舞踊パフォーマンス 総監督 秋辺 デボ さん(釧路市阿寒町)

●プロフィール

東京2020大会 公認プログラム
アイヌ舞踊パフォーマンス 総監督

秋辺 デボ さん(釧路市阿寒町)
1993年より阿寒アイヌ工芸協同組合専務理事。舞踊家、ユーカラ劇脚本・演出家として、阿寒湖アイヌシアター「イコロ」の舞台を手がける。また、木彫作家であり、阿寒湖アイヌコタンで民芸店「デボの店」を営んでいる。

華やかなステージの裏舞台 地域性とCOVID-19を乗り越えて

秋辺 デボ さんインタビューの様子(1)
●阿寒湖アイヌのアートミュージアム「オンネチセ」にて
アイヌ舞踊パフォーマンス オープニングでの秋辺さん
●アイヌ舞踊パフォーマンス オープニングでの秋辺さん

公演を終えた直後は、とにかくホッとしました。炎天下でも大事なく、みんなで良いステージをつくりあげられたからです。あれから3カ月ほど経ち、いまはボーッとしています。大舞台のあとの一種のロスですね。ここ数年は、五輪のステージのための練習に明け暮れていたので、無理もない。

私が総監督に就任したのは、2018年6月です。このとき想定していた出演者は1000人。私ひとりで指導できる人数ではありません。そこで、まずはサブリーダーを養成しました。集まったのは、私の暮らす阿寒湖畔のほか、旭川や日高、遠くは東京から集まった30人ほど。それぞれの地域に伝わるアイヌ舞踊を学び合い、パフォーマンス用の振り付けを考え、舞台上の立ち位置や役割を覚えました。ひたすら練習を重ねて、踊りの質を向上させるとともに古典の歌唱法を学び、舞台への理解が深まった頃、サブリーダーたちが各地に出向き、参加希望者に踊りを教えました。そうして完成した演目が、「ウポポ ヤン リムセ ヤン(唄いましょう、踊りましょう)」。15の異なるアイヌ舞踊をひとつなぎにして、伝統を生かした新しいアイヌ音楽に合わせて唄い踊るという内容です——。

アイヌ舞踊パフォーマンの様子
●アイヌ舞踊パフォーマンスの様子

平和の祭典である五輪にふさわしく、平和のうちにアイヌ舞踊パフォーマンスが完成して本番を迎えたように感じるでしょう。ところが、その道のりは平坦ではなかった。というのも、一括りにアイヌ舞踊というけれど、地域ごとに振り付けやリズムに違いがあるからです。例えば、旭川地方の「チカプ ウポポ」と釧路地方の「サロルンカムイ リムセ」はどちらも「鶴の舞」ですが、一方は鶴の親心を表現した踊りであり、もう一方は恋愛中の鶴を模した踊りといわれています。このように内容が違うこともあれば、体の動きがわずかに違うこともある。しかも、サブリーダーたる者は、自分の踊りに自信があるし、我が地元の舞踊に誇りもあるわけです。そういう人たちが互いの踊りを見たとき、どうするか。「あなたの踊りはちょっと変だよ」と口に出してしまう、ときには指導を始めてしまう……。これはもう揉めごとに発展します。ただの感想だったとしても、言われたほうは悪口に聞こえるでしょう?

秋辺 デボ さんインタビューの様子(2)

だから、悪口・批判禁止というルールをつくりました。悪口はもちろん、批判もしない。悪意がなくても意見は、揉める原因になりますから。どうしても誰かの踊りが気になるときは、私に打ち明けてもらうことにしました。必要とあれば、当人にはあくまでも私が話をするようにしたのです。それが、監督である私の仕事だから。「偉そうに批判していいのは、監督の俺だけだよ」と言い続けていたら、揉めごともなく、うまくいきましたね。ただ、今度は会話が弾まない。そこで、相手のいいところ探しをしました。本当にいいと思うところを見つけて、それを言葉にして相手に伝えるという練習をしたのです。これが功を奏して、みんなが仲良くなれました。

おかげで、チームづくりの苦労は、覚悟していたよりもはるかに少なかったです。でも、打ちのめされたことが2回だけありました。ひとつは、開会式には出られないと決まったとき。あの決定にはやはり納得できず、非常に残念でしたね。もうひとつは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響による開催延期のために、何人かのサブリーダーがチームを離脱したとき。この原因は、練習期間が延びたことで、実力の差が開いてしまったからです。そこから軋轢が生まれ、辞めてしまった人がいたのです。というふうに、すべてが順調だったわけではありません。それでも、本番では納得のいくアイヌ舞踊パフォーマンスを披露できて安堵しましたね。

あらゆるものに存在理由がある オリンピック憲章とアイヌの心

秋辺 デボ さんインタビューの様子(3)

私が総監督を引き受けたのは、オリンピック憲章とアイヌの伝統的な考えが一致していると感じたからです。どんな人間も、民族としての発展と伝統の保持をお互いに認め合うんだよ、それを競技で表現するんだよというような一文があり、——オリンピズムの根本原則「オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである」——そこが、とてもいいなと思いました。

もともとアイヌには、「カント オロ ワ ヤク サク ノ アランケプ シネプ カ イサム(天から役目なしに降ろされたものはひとつもない)」という考えが根付いています。森羅万象にカムイが宿るという世界観を表す言葉ですね。これは、人間にも当てはまるし、ネズミなどの小動物、クジラやシャチなど海の生物、木や風にも当てはまる。害獣や害虫という発想はありません。人間に害を及ぼすことがあったとしても、何かしらの役目を持って、この世界に存在している大切なパートナーだと考えます。それぞれの個性を重んじて、互いの違いを認め、それこそが平等なのだという考え方なのです。同質化することを平等とは思ってもいない。太古からずっと、アイヌも日本人も、ほかの民族もみんな、お互いに影響を受けながら、オリジナルの文化を生み出してきたわけでしょう? 文化が混ざれば混ざるほどオリジナル化すると、私は思っています。

そこで、アイヌの考えを舞踊で表現して、世界中に届けようと考えました。そこには、アイヌもいろいろなものの影響を受けつつ、発展していることを伝えたいという思いもあった。だからこそ、古式舞踊をそのまま披露するのではなく、アイヌ舞踊パフォーマンスとして発展させ、いままでにない世界観を表現したのです。それは、特に音楽に現れていますね。今回の舞台には、伝統の唄や手拍子で踊るだけでは物足りないと考え、音楽監督に依頼して、アイヌの楽器とシンセサイザーの音色を融合した新しいアイヌ音楽をつくってもらいました。

新しいアイヌ舞踊「ウポポ ヤン リムセ ヤン(唄いましょう、踊りましょう)」を貫いているのが、3つのテーマです。1つ目が「イランカラプテ」。これは、「こんにちは」と訳されますが、「あなたの心に触れさせてくださいね」という相手への敬意を表す言葉です。2つ目が、先ほどの「カント オロ ワ ヤク サク ノ アランケプ シネプ カ イサム」。天から役目なしに降ろされたものはひとつもないというアイヌの世界観ですね。3つ目が「ウレシパ モシリ」。これは、「世界は育て合う大地」という意味であり、2つ目の世界観があるからこその考え方ですね。この3つのテーマは、サブリーダーたちの合言葉でもありました。仲間としてお互いを認め合うだけではなく、ステージに立つ心構えとしても、この言葉が機能しました。練習のはじめには必ず唱え、自分の中に染み込ませました。そうでなければ、「この世の中に、意味のない存在なんてひとつもない。ともに尊重し合うことで、優しく穏やかな世界へ向かいましょう」というメッセージを世界に届けられませんから。

アイヌ舞踊パフォーマンの様子
●アイヌ舞踊パフォーマンスの様子
アイヌ舞踊パフォーマンの様子

チームパラルというこれからの道 伝統を守り、新しい舞踊をつくる

秋辺 デボ さんインタビューの様子(4)

返す返すも残念なのは、アイヌ舞踊パフォーマンスが無観客での開催だったこと。多くの人たちに生の舞台を見ていただきたかった。映像で見るのとはまったく違いますからね。それに、我々も観客のリアルな反応を得られないため、手応えがいまいちわからない。身びいきの評価ではなく、冷静な外からの目で見た評価が知りたかったです。というわけで、次は観客の前で今回の演目を披露したい。緊急事態宣言下で来道が叶わなかった東京などのメンバーを加えて、唄い踊る場をつくろうと考えています。

もうひとつ模索しているのが、サブリーダーの活動の継続です。今回、サブリーダー同士が仲良くなったことで、お互いの地域の踊りや文化をもっと知りたいという欲が出てきました。さらに、サブリーダーたちの地道な活動が、若い世代の踊りのレベルを向上させました。この好循環を止めたくない。そこで、いま構想しているのは、サブリーダー集団を「チームパラル」として、「地域の踊りの継承を手伝う」「各地に眠る舞踊の発掘を手伝う」「ウポポイの踊り手たちをサポートする」といった活動をしていくこと。近年は若者の踊り手がいなくて、伝統的な舞踊が存続の危機に直面しています。チームパラルが、その舞踊を習い覚えて、次世代へと繋いでいく役割を担えればいいのかなと考えています。

アイヌ舞踊パフォーマンの様子
●アイヌ舞踊パフォーマンスの様子

ただ、古式舞踊を継承するだけでは、チームパラルの存在意義はない。すでに保存会などが取り組んでいるわけですから。それならば、古式舞踊のコピーではない、新しい舞台にどんどん挑戦したいですね。これからのアイヌにとって、地域の生活とともにあり誰もが踊る古式舞踊だけではなく、プロの舞台が必要だと思っています。古式舞踊や古典的な歌唱法をしっかりと身につけたうえで、振り付けや演劇論、クラシックバレエ、声楽の発声法などあらゆる分野の勉強をして、一流のアイヌ舞踊の世界をつくりたいですね。監督・助監督・音楽家・演奏家・美術・メイクなどスタッフも、主体はアイヌ自身が担えるようにしたいですが、アイヌだけではなく、いろいろな人たちと一緒に、ブロードウェイや宝塚のステージに引けを取らないものをつくりたい。それを可能にするのが、チームパラルだろうと思っています。なんといっても、チームパラルのパラルとは、「大きな道」という意味ですから、みんなで心をひとつにして未来を切り開いていきたいですね。たくさんの人にアイヌの魅力が伝わり、いまよりもアイヌ文化や歴史に興味を持ってもらえるように、これからも唄い踊り続けますよ。

阿寒湖アイヌコタン
●阿寒湖アイヌコタン
阿寒湖アイヌコタン 「オンネチセ」内のギャラリー
●阿寒湖アイヌコタン 「オンネチセ」内のギャラリー

アイヌ舞踊パフォーマンス 概要

東京2020大会を通じてアイヌ文化を国内外へ発信する準備は、2015年から始まりました。各地域に伝わる歌や踊りをひとつのプログラムにまとめ、これを踊り手たちに伝授するため、約30名のサブリーダーが養成されました。その指導のもと、道内外の踊り手たちがそれぞれの地域の伝統を学び合い、切磋琢磨しながら作り上げたプログラムは、札幌でのマラソン・競歩競技の開催に合わせて披露されました。残念ながら無観客でのパフォーマンスとなりましたが、その様子は各日ライブ中継により世界中に発信されました。

2021年8月5日(木) 15:30~16:10 白老・千歳・苫小牧・登別チーム[91名]
19:00~19:40 旭川・札幌チーム[69名]
2021年8月6日(金) 15:30~16:10 ラタシケプチーム(混成チーム)[64名]
2021年8月7日(土) 6:00~6:40 浦河・様似・静内・新冠・平取チーム[80名]
2021年8月8日(日) 6:00~6:40 帯広・阿寒湖チーム[78名]

会場

  • 札幌大通公園1丁目 さっぽろテレビ塔前の広場 ※北海道札幌市中央区大通西1丁目

プログラム

  • 「ウポポ ヤン リムセ ヤン(唄いましょう。踊りましょう。)」
アイヌ舞踊『ウポポ ヤン リㇺセ ヤン』(1)
アイヌ舞踊『ウポポ ヤン リㇺセ ヤン』(2)

アイヌ舞踊『ウポポ ヤン リㇺセ ヤン』(唄いましょう。踊りましょう。)は、「世界が心を一つにすることで、現代の様々な課題を解決していきましょう。」とするアイヌの願いとその取組のコンセプトである『パラル(大きな道):ひとつになる道』を体現する舞踊プログラムです。この舞踊には、アイヌ民族が大切にしてきた礼節があり、森羅万象を慈しむ心があり、世界とつながり共生を目指す姿勢があります。これはSDGsの考え方を太古の昔からアイヌ民族が体現してきたことを示すものです。

「この世の中に、意味のない存在なんてひとつもない。ともに尊重し合うことで、優しく穏やかな世界へ向かいましょう。」アイヌ民族からのこのメッセージが世界に届くことを願って、唄い、踊る。

オリンピックのマラソン・競歩の際に、3つのテーマに沿って、15ほどの各地の踊りを4日間にわたり、地域のリーダー、習熟者、初心者、子供、老人、車椅子の人たちも含めたメンバーで踊ります。この他、各地のメンバーが阿寒、上川、札幌、平取、白老でアイヌ舞踊を事前収録を行いました。

(1)イランカラㇷ゚テ

特別なゲストとの出会いに際して使う、丁寧なあいさつの言葉です。

挨拶の際に相手の気持ちを思い、敬意をもって接するという姿勢はアイヌ民族の考え方、感じ方、すべてに共通しています。世界中から集まる選手、スタッフ、お客様を、敬意をもって迎えます。

魔を祓い清め、はじめましてと歓迎のご挨拶。そして、この舞台が私たちと皆様を繋ぐ良き出会いとなりますよう、アイヌの儀式で始めたいと思います。

(2)カント オㇿ ワ ヤク サㇰ ノ アランケㇰ シネㇷ゚ カ イサㇺ

「天から役目なしに降ろされたものはひとつもない」

森羅万象にカムイが宿るというアイヌの世界観をあらわすことばで、すべての人、すべてのものにそれぞれの役割を認め、敬うという考え方です。

自然の風景や鳥を愛でる心。過ごす日々の中で道具を大切にする心。そんな日常には、歌遊びもあります。そんな一つ一つの暮らしを大切にしていくことを伝えられ、そして伝えていきます。

自然の生き物たちだって、意味もなくこの世に存在するものはありません。一見、人間にとって害獣害虫といわれている存在であっても、全てに意味はあるのだと私たちアイヌは考えます。

(3)ウレㇱパ モシㇼ

「世界は育てあう大地」

ウレㇱパとは「育てあう」という意味です。ありとあらゆるものが育てあい、支えあうことでこの世界が成り立っているというアイヌの考え方を表しています。

アイヌと皆様、アイヌと世界が繋がり、世界が尊敬し合い、手を取り合える世の中を願って、一緒に前へ進んでいきましょう。

アイヌ舞踊パフォーマンス ライブ配信映像(アーカイブ動画)

アイヌ舞踊パフォーマンス オープニング

アイヌ舞踊パフォーマンス 苫小牧チーム(2021年8月5日)

アイヌ舞踊パフォーマンス 札幌チーム(2021年8月5日)

アイヌ舞踊パフォーマンス ラタシケプチーム(2021年8月6日)

アイヌ舞踊パフォーマンス 平取・浦河チーム(2021年8月7日)

アイヌ舞踊パフォーマンス 帯広・阿寒湖チーム(2021年8月8日)

開会式で大役を務めた札幌市の古川兄妹

古川 龍(りゅう)さん 古川 蓮希(はずき)さん

公認プログラムのアイヌ舞踊を披露し、日本文化の多様性を示した古川兄妹。オリンピック開会式では未来を担う全国の子どもたちを代表して、日本国旗の先導役として参加しました。

<札幌市>
古川 龍(りゅう)さん
古川 蓮希(はずき)さん

北海道の伝統的工芸品「二風谷イタ」

二風谷イタ
●二風谷イタ

二風谷イタとは、北海道平取町二風谷地区で伝統的技法により作られている木製の浅く平たい形状のお盆のことです。平面にモレウノカ(渦巻き型の文様)、アイウシノカ(棘状の文様)、シクノカ(目のような文様)などのアイヌ文様が彫り込まれ、ラムラムノカと呼ばれる二風谷イタでは必ず施されるウロコ彫りが特徴の工芸品で、平成25年3月、北海道初の伝統的工芸品として経済産業大臣の指定を受けました。

東京2020大会では、日本の伝統工芸品の素晴らしさを世界に発信するため、全国の伝統工芸品等をIOC委員などの大会関係者に記念品として贈呈し、北海道からは二風谷イタが提供されました。

※2021年12月の取材による情報です
※感染症対策を講じた上で撮影のために取材時のみマスクを外しています

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