遠軽町/1964東京オリンピックゆかりの木

北海道家庭学校 展示林
●開会式でお披露目されたオリンピックリングス

一年の延期を余儀なくされた東京2020大会が、2021年7月23日の夜、国立競技場で幕を開けました。木遣り歌と大工仕事のパフォーマンスの終盤に現れたオリンピックリングス(五輪マーク)。直径4メートルの5つの輪に使用されていたのが、「1964東京オリンピックゆかりの木」です。その木の故郷である遠軽町を訪ねてみると、開会式では明かされなかった壮大な物語がありました。

遠軽町長 佐々木 修一 さん、遠軽町 総務部 企画課 課長 今井 昌幸さん、遠軽町 経済部 農政林務課 課長 廣瀬 淳次さん

●プロフィール(写真右から)

遠軽町長
佐々木 修一 さん
遠軽町の職員を経て、2009年10月、町長に就任。現在は4期目、町政と町の未来を担う。

遠軽町 総務部 企画課 課長
今井 昌幸 さん
2020年より現職。遠軽町×アイルランド交流事業を担当。アイルランドフェアやアイルランドの特産品の商品化などに尽力している。

遠軽町 経済部 農政林務課 課長
廣瀬 淳次 さん
2016年より現職。東京2020大会に向け、「1964東京オリンピックゆかりの木」の活用から、後世に継承するための取り組みまでを手がけてきた。

北海道家庭学校の展示林で育てられた「1964東京オリンピックゆかりの木」

北海道家庭学校 展示林とオリンピックゆかりの木
●北海道家庭学校 展示林とオリンピックゆかりの木
紹介看板
●オリンピックゆかりの木々 紹介看板

1964年の秋、アジア初開催となるオリンピックが東京で開催された。このとき、国土緑化推進委員会(現・国土緑化推進機構)の呼びかけに応え、参加国のうち44カ国から樹木の種子272種が持ち寄られたという。生育環境に合わせて日本各地に配布され、北海道にはアイルランドのロッジボールパイン(コントルタマツ)、カナダやブルガリアのトウヒ類などが割り当てられる。それから4年、林野庁・北海道庁の研究機関で種は苗に成長して、遠軽町にある「北海道家庭学校」に贈られた。

当時に建てられた小さな看板
●当時に建てられた小さな看板

北海道家庭学校は、大正3(1914)年に設立された児童自立支援施設である。札幌ドーム約80個分にもなる敷地のほとんどが森林で、その中に校舎や寮舎、礼拝堂などが配され、「森の学校」とも呼ばれている。生徒たちの日課は、遠軽町立望の岡分校(小・中学校)で勉強する「学習」と、生徒と職員と分校の先生が一緒になって取り組む「作業班学習」。その作業班のひとつに「山林班」がある。校長の清澤満さんによると、苗を植えたあとは、雑草を取り除く〈下草刈り〉、増えすぎた枝を切り落とす〈枝打ち〉、混み合いすぎた一部の木を切り倒す〈間伐〉などを行い、森を育てるという。ほかの木々と同じように「1964東京オリンピックゆかりの木」も育てられてきた。異なるのは、そのエリアにだけ、「展示林」と記された小さな看板が立っていたことである。

「もともとの展示林は、北海道家庭学校の職員が、トドマツなど北海道の代表的な樹種と外来種の比較栽培を目的として造ったものでした。その一角に1964東京オリンピックゆかりの木(以下、ゆかりの木)を植樹して、そこを展示林と呼ぶようになったのです。当時は80余人の生徒が在籍していて、いまと同じように山林班が中心となって樹木の手入れを担当していました」と清澤さん。それから57年、小さかった苗は20m超の巨木へと成長した。一部の木が切り出され、東京2020大会の開会式を飾ったのだ。そして、残された木からは種が取られ、再び展示林に植樹された。「この植樹のとき、生徒たちは初めてオリンピックとの繋がりを強く実感したようでした」と、清澤さんは言う。東京1964大会から継承されてきたレガシーは、東京2020大会を経て、次世代へと確実に受け継がれている。

木だから繋げられた縁と木から生まれた新たな縁(佐々木町長)

遠軽町佐々木町長
日本オリンピックミュージアムで使用されている建材
●日本オリンピックミュージアムで使用されている建材

遠軽町は、オリンピックに縁がある町です。その縁は、「ゆかりの木」が、北海道家庭学校の展示林に植樹されことに始まります。そこで立派に育った木は、2019年にオープンした東京都新宿区にある日本オリンピックミュージアム(以下、ミュージアム)の建材、さらに東京2020大会の開会式に登場した五輪マークの素材となりました。前回大会で遠軽町に残されたものが木だったからこそ、今回の大会へと繋がり、さらには次世代へと継承していけるのだと考えています。というのも、苗木が木材として利用できるようになるまでに50年はかかるからです。今年9月、「ゆかりの木」の種から育てた苗木を植樹しましたが、再びオリンピックが日本で開催されるとき、成長した木をまた使ってほしいですね。

遠軽町佐々木町長2

実は、遠軽町の宝ともいえる「ゆかりの木」は、長いこと忘れられていました。私もまったく知りませんでした。2015年、遠軽出身のスポーツ写真家・岸本健さんから展示林を紹介され、驚いたほどです。この木は東京2020大会に使ってもらうしかないと、翌2016年、「1964東京オリンピック遠軽町展示林活用検討会議(以下、検討会議)」を立ち上げ、JOC(日本オリンピック委員会)など関係機関に働きかけました。最終的にはその活動が実り、JOCの方の目にとまり、ミュージアムの建材として活用されたのです。これは、私が当初イメージしていた表彰台や聖火リレーのトーチよりもいい。建物は後世まで残りますからね。

また、北海道庁の協力を得て、いろいろと調査してみると、展示林にはアイルランドとカナダの種から育った木が多いとわかりました。そこで、アイルランドのホストタウンに手を挙げました。決め手になったのは、ラグビーの強豪国であること。わが町の遠軽高校もラグビーが強いので、交流できるといいなあと思ったのです。いつか遠軽町からラクビ―日本代表として選出されるような留学生選手を迎えたいですね。

当時に建てられた小さな看板
●日本オリンピックミュージアム 1F

東京2020大会を終えて、いまの目標はふたつあります。ひとつは、地球環境を考えながら、次のオリンピックに向けて新たなオリンピックの森をつくること。すでに今秋には植樹をしました。今度は町民に忘れられないようにしなければなりませんね。もうひとつの目標は、アイルランドとの交流を深めていくこと。コロナ禍であらゆる予定が狂ってしまいましたが、それもまた忘れがたい思い出として、これからのお付き合いに生かしていければいいでしょう。57年前のオリンピックの種がもたらした縁を大切にしたいものです。

「ゆかりの木」の活用とレガシーを継承する活動(廣瀬 淳次さん)

遠軽町佐々木町長
日本オリンピックミュージアムで使用されている建材
●ウエルカムボード/日本オリンピックミュージアム 1F

2016年に検討会議が発足してから、「ゆかりの木」の活用方法についてアイデアを出し合いました。翌々年、ミュージアムの建材として使われることが正式に決まります。展示林で伐採された木は、町内で製材・乾燥してから、道内で加工され、最終的に東京へと送り出され、天井のルーバーやカフェの家具になりました。また、来館者を出迎えるウェルカムボードを彩るオブジェ(オリンピックリングス)も「ゆかりの木」で制作したものです。遠軽町の小学生と、ミュージアムの所在地である東京・新宿区の小学生が、プロのデザイナーの指導を受けながらつくりました。壁一面に飾られている色とりどりの五輪マークは、なかなか壮観ですよ。2019年、ミュージアムのグランドオープン記念プレゼントとして用意した升も「ゆかりの木」製です。

廣瀬 淳次さんインタビューの様子1

そのあと、東京2020大会の開催も危ぶまれていた最中の2021年、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会から「ゆかりの木」を使わせてほしいと打診されました。用途は明かせず、秘密ということだったので、いったい何に使うのだろうと思っていたら、開会式にオリンピックリングスとして登場したのです。本当に何も知らされずに開会式当日を迎えたので、テレビで見て「ああ、ここに使われたのか!」と。ナレーションでも字幕でも「遠軽町」が出てこなかったのは残念でしたが、やはり誇らしかったです。

北海道家庭学校の展示林で成長した「ゆかりの木」は、162本です。このうちの43本が、ミュージアムと開会式に使われました。1964年の東京オリンピックが残してくれた緑のレガシーを活用するだけではなく、後世へと繋いでいくための活動もすでに始めています。小学生を対象として、2017年に試験伐倒・種採取体験、2018年に播種体験を行いました。これは、オリンピックイヤーに「ゆかりの木」から採取した種を再び植樹するという計画の実現に向けた準備です。一年遅れのオリンピックイヤーとなった今年9月から10月にかけて、1メートル近くに育った苗627本を展示林に植樹しました。新型コロナウイルス感染拡大防止に伴い、小学生の参加中止は残念でしたが、北海道家庭学校のみなさんや検討会議メンバーにご参加いただき、緑のレガシーを未来へと繋ぐことができました。

試験伐倒見学および種子採取体験会
●試験伐倒見学および種子採取体験会(2017年)
「ゆかりの木」から採取した種による苗を植樹
●「ゆかりの木」から採取した種による苗を植樹

57年前の種から生まれたアイルランドとの交流の芽(今井 昌幸さん)

今井 昌幸さん
ゆかりの木

展示林に植樹された「ゆかりの木」の樹種は10種ほどあったようですが、現在まで残っているのはロッジボールパインとトウヒ類です。いろいろと調べた結果、57年前にアイルランドの選手団が持ってきた種子が大きく育ったものだとわかりました。それを機に、遠軽町はアイルランドのホストタウンを目指すことに。そこで、駐日アイルランド大使に協力を依頼したのです。2019年、遠軽町にお招きして、展示林をご覧いただきました。すると、同年9月のラグビーワールドカップでは、日本vsアイルランド戦に町長が招待されます。そのような交流を重ねていたところ、2020年12月、遠軽町はホストタウンに登録されました。

今井 昌幸さんインタビューの様子

次のステップとして、町民のみなさんにアイルランドを知ってもらわなければなりません。ということで、遠軽にアイルランド文化を定着させるイベントを企画しました。例えば、今年2月に町内小学生に向けたアイルランド講座やアイルランドのオリンピック選手に贈るメッセージ入りのエコバッグを作成したり、遠軽の冬のイベント「えんがる屋台村“雪提灯”」でアイルランドをPRするブースを設けたりしました。3月に開催した「エンアイリッシュデー」は、アイルランドの伝統的な祭り「セントパトリックデー」にちなんだイベント。来場者には緑色の服や小物を身につけてもらい、夕方からはグリーンライトアップで会場を緑に染めました。アイリッシュバンドのコンサートもあり、アイルランドらしい雰囲気を味わっていただけたのではないでしょうか。

アイルランドとの交流は、東京2020大会の閉幕とともに終わるものではありません。いまは、アイルランド大使館の協力を得て、遠軽の小学生・中学生・高校生にアイルランド文化を知ってもらう機会の提供や、ゆかりの木から育った苗木をアイルランドに里帰りさせる記念植樹などを計画中です。また、来年の夏にオープン予定の「遠軽町芸術文化交流プラザ メトロプラザ」の大ホールの腰壁にはゆかりの木が使用されます。こうして、遠軽のあちこちに緑のレガシーとアイルランド文化が根付いていくことでしょう。57年前の種から生まれた縁をこれからも大切に育てていきます。

アイルランドの新聞社も取材に訪れた
●アイルランドの新聞社も取材に訪れた
地元小学生たちの木工体験会
●地元小学生たちの木工体験会

【ホストタウンとは】

自治体と「2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会」に参加する国・地域の住民等がスポーツ、文化、経済などの多様な分野で交流することを通じて、地域の活性化等に活かし、東京大会を超えた末永い交流を実現することを目的とした取組です。

※2021年12月の取材による情報です
※感染症対策を講じた上で撮影のために取材時のみマスクを外しています

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