北の総合診療医 - その先の、地域医療へ(留萌1)

留萌市立病院

副院長 高橋文彦 医師

2022.06.07 記事

プロフィール
石狩管内厚田村(現・石狩市)出身。1990年に自治医科大学医学部を卒業後、旭川医科大学第一内科に入局。旭川医科大学病院、名寄市立総合病院、静内町立病院、道立羽幌病院などに勤務。2010年4月から留萌市立病院副院長。
資格
日本内科学会指導医
日本内科学会総合内科専門医
日本循環器学会循環器専門医
日本プライマリ・ケア連合学会認定指導医
趣味
読書、野外散策
座右の銘・モットー
医学はサイエンスに支えられたアートである

留萌市立病院は、北海道の北西部、留萌2次医療圏で唯一の総合病院です。圏域は日本海に面し、南の増毛町から北の天塩町まで、南北に約150kmと細長く、天売島・焼尻島という2つの離島も含まれます。自治体数は8市町村。鳥取県に匹敵する面積に暮らす人口は4万人余り、65歳以上人口の割合は37.8%(2021年1月現在)に達しています。圏域南部に位置する同病院は地域センター病院として、急性期医療を担っていますが、前院長の時代から総合診療医の確保に力を入れ、「るもい総合診療医養成プログラム」を設けています。2次医療機関であると同時に、医療資源が少ない地域の1次医療も担う同病院は、総合診療医の育成に最適な環境だといいます。プログラム統括責任者を務め、若手医師の総合内科外来を指導する高橋文彦副院長にお話をお聞きしました。

医療資源が乏しい留萌圏域唯一の総合病院

本道は広域分散で医療過疎が進行していますが、留萌圏域にも全く同じことがいえます。圏域の中心である留萌市の人口は2万人を切ってしまいましたが、市内には医療機関が複数あり、医師もそれなりにいます。一方、留萌市以北は、道立羽幌病院がある羽幌町を除くと、自治体立病院に医師が一人という地域が複数あり、医療資源が非常に乏しいのが実情です。高齢で介護を要する透析患者が増えていますが、介護事業所も人手不足で送迎ができず、透析を導入したけれど退院できない事例も増えていることを高橋副院長は気にかけています。

  • 医療資源が乏しい留萌圏域唯一の総合病院

「留萌市立病院は、広域な2次医療圏のセンター病院であると同時に、留萌市民のための病院でもあります。入院患者の6割は市民、残りの4割が他町村です。2次医療機関ではありますが、かかりつけ医のような機能も持っていて、長年通院している患者さんも多くいらっしゃいます。かつて留萌市立病院には、常勤医師数が30人以上いました。新卒後医師臨床研修制度の影響で急速に減少しましたが、2011年度からの経営改善で医師確保に力を入れ、一時は32人まで回復。現在は20人と厳しい状況ですが、『留萌2次医療圏の拠り所』として奮闘しています。かつては在宅医療を推進し、在宅での看取りも行っていましたが、現在は医師不足でマンパワーを病院に集中するために休止中です」。

救急医療、小児・周産期医療に関しては、圏域内に留萌市立病院に替わり得る施設がありません。救急車は年間1,100~1,200台受け入れており、圏域北部の消防からの要請も断ることはありません。圏域内で出産ができるのも同病院だけで、緊急の帝王切開にも対応します。また、血液透析も圏域内最多の90人以上に実施しています。透析は市内のクリニック、中部の道立羽幌病院、北部の天塩町立国民健康保険病院でも実施していますが、圏域内4施設で最も患者さんが多いのが留萌市立病院です。「透析医療は当院としても守るべきところです」と高橋副院長は説明します。

軌道に乗り始めた総合診療医養成

地方の病院は従来、大学医局から派遣された専門医が医療を行うのが主流でした。しかし笹川裕名誉院長が院長だった時代、医局派遣による医師確保と同時に、医学生の地域医療実習を積極的に受け入れ、総合診療医の養成にも力を入れることを打ち出しました。地域医療実習受け入れは初期研修医の採用につながっていますが、総合診療医の養成は苦戦続きでした。しかし、新専門医制度の開始以降は養成プログラムを設け、2020年度に初の専攻医を採用しました。高橋副院長は「2022年度からは、連携医療機関である道立羽幌病院の専攻医が研修に来ます。プログラムのメリットが現れ、ようやく軌道に乗り始めたと考えています」と語ります。

「都市部の大病院には診療科や医療機器がたくさんあって、勉強になるかもしれませんが、そういう病院ではフィルターのかかった患者さんすなわちある程度選ばれた患者さんを診ているともいえます。それに対して、地方の第一線の『ここしかない』という病院には、あらゆる患者さんがやって来ます。そんな中で研修を行うと、地域ではどんな疾患がどういう頻度で起きているかを実感し、軽症から超重症までのコモンディジーズの経験が積めます」。

「医師は皆、総合医であるべき」
専門医と総合医の両輪で患者さんに還元

高橋副院長は2010年から留萌市立病院に勤務していますが、同病院ではそれ以前から総合内科外来を開設していました。内科系の診療科は、消化器内科と循環器内科の2つがあり、もともと両科ともに幅広い疾患を診ていましたが、紹介状を持っていなかったり、疾患が特定されていなかったり、といった患者は総合内科で診ていました。循環器内科の責任者であると同時に総合内科外来も統括する高橋副院長は、当初は循環器内科医として赴任してきましたが、「へき地医療の医師を養成する自治医大を卒業して地域で長く働き、地域医療の実践の場としての魅力を感じて赴任してきましたので、専門を高度に極めるよりも、もともと内科系を幅広く診たい気持ちが強かった」と言います。

  • 「医師は皆、総合医であるべき」専門医と総合医の両輪で患者さんに還元

高橋副院長は、石狩管内の旧・厚田村(現・石狩市厚田区)の出身。当時の人口は約3,000人。村内に医者は一人いましたが、多くの村民は札幌に医療を受けに行く、医療過疎の地域でした。そうした地域の医療に従事する医師を養成する自治医大へ進学し、卒業後は旭川医科大学第一内科(循環器内科・腎臓内科・呼吸器内科・脳神経内科)に入りましたが、「周囲と同じキャリアを歩むのは違うのではないか。幅広く何でも診ることができるユニークな医者になりたいと思っていました」。旭川医科大学病院では、どんな地方でも役に立つ手技として、超音波検査の技術を身につけることに特に力を入れました。

「総合診療医とは、地域医療を行う医者のことだと思っています。一部の専門医を除いて、医師は皆、総合医であるべきです」。高橋副院長の胸に刻まれている言葉があります。それは有名な総合診療医である福井次矢氏(現・東京医科大学茨城医療センター病院長)の「一般的に、臓器別専門医は自分が診たい病気をできるだけ多く毎日見たいと思っている。患者さんは異なってもかまわない。一方、総合医は同じ患者さんを長年にわたってフォローする中で発生する様々な病気について、ある範囲内で適切に対応するという役割を担っている」という発言です。

医師として、人間として、大きく成長できるのが地方
総合診療的な発想を持てば専門診療も充実

「自分の診断や治療が本当に正しかったかどうか、長い経過でみないとわからないことがあります。また、長く主治医として、その患者さんのことを熟知しているつもりでも、非常にまれな病気を発症して、非常に戸惑ったことがありました。最終的には元気になられましたが、反省もしたし、勉強になりました。医療が非常に進歩して、いろいろな治療ができるようになっていますが、一方で診断にたどり着かず、適切に救われてない患者さんもいるのではないかと思っています。そういう意味でも、適切なタイミングで診断できる能力を持った医師は必要です。専門医は治療に忙しいので、総合医は診断面で貢献でき、やりがいもあります。専門医と総合医が車の両輪として支え合う形で、患者さんに還元できる医療ができればと思っています」。

高橋副院長の医師人生で最も印象深いのが、焼尻島(羽幌町)にある道立焼尻診療所での勤務経験だといいます。「大事件や劇的なことがあったわけではありませんが、医師として、人間として成長させてもらいました。今もすごく良い思い出です」。急患が発生し、生死にかかわるものではありませんでしたが、何をどうしてよいのか分からず、茫然としたことがありました。島ではこうした場合、建船(漁船のチャーターによる患者搬送)を対岸の羽幌町に出します。高橋氏の目の前で、島民や関係者が手続きを次々進めていきました。そして、いざ患者に付き添って船に乗ろうとすると、島出身の看護師に『先生は島にいてください。私が代わりに行きます』と押しとどめられました。「卒後8年目でしたから、自分では様々なことができるつもりでした。でも今思うと頼りない限りでした。島の人がとてもたくましいと感じました」。留萌市立病院には、焼尻島から患者さんが送られてくることもあります。患者の背景や、送る側の地域の医師の気持ちも分かることが、今も役立っているといいます。

  • 医師として、人間として、大きく成長できるのが地方 総合診療的な発想を持てば専門診療も充実

メッセージ

医師を志した皆さんは、最初は幅広く何でもできるようになりたいと、ブラック・ジャックのような医者をイメージしてその道に進むと思います。そうして学年が進んでから、あるいは初期研修に入ってから進路を決めていくことになります。もちろん、専門科に進んでよいのですが、幅広く診たいと思っていた最初の気持ちを持ち続けていれば、専門という縦糸に、横糸である総合診療的な発想を持つことで、それぞれの専門的な診療が充実したものになると思います。

もし総合診療やプライマリケアに興味がある学生や若手医師の方がいたら、思い切って地方に飛び出してください。いつかは地方に、と考えている人も多いでしょうが、「もっとトレーニングを積んで自信がついてから」とか「○○ができるようになってから」と考えていると、先延ばしになってしまい、いつまでもその時期は来ません。期間は1年でも2年でもいいです。地方の病院や住民は若い先生を温かく迎えてくれるし、育ててくれます。私の焼尻島での経験がまさにそうでしたが、医師を大きく成長させてくれるのは間違いなく地方です。

  • メッセージ

当院は、初期研修医も1年目から副直、2年目からは一人当直や総合内科外来で診療を任せられ、非常に鍛えられます。総合診療医を目指す専攻医からも非常に勉強になっていると評価していただいています。留萌は自然に恵まれ、食べ物もおいしいです。海産物のイメージが強いでしょうが、山の幸も非常に豊富です。総合診療のスキルを磨くことはもちろん、おいしい食べ物や豊かな自然に興味がある人にはお勧めの環境です。ぜひ留萌市立病院に来てください。

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