Ⅸ. 「農業の可能性が 地域を変える力に」

 

 

人生のあゆみ              

「自分のワイン」を作りたい       

相馬さんは、北海道胆振地方の伊達市出身。仕事で札幌に移住し、イタリアンレストランやワインバーで勤務していた。飲食業で働いていた頃は、店舗のマネジメント業務やワインの仕入など担当しており、就農前からずっとワインに関わってきた。そんな日々を過ごす中で、「自分のワイン」を作りたいと思う気持ちが少しずつ膨らんでいったと言う。

「自分のワイン作り」に興味を持ち始めた相馬さんは、レストランで働いていた頃から、仕事が休みの日には、余市町へ行き、農家の畑を手伝わせてもらっていた。ソムリエ試験の勉強をしていればワインのことは大体わかるが、畑に入ることで得られる知識もたくさんあった。そんな経験から「やっぱりワインっていいなぁ~」とあらためて感じた。

一方、札幌の飲食店で勤務していたころ、父親が他界。将来的に母親と一緒に住むことを考えると、飲食業は、夜中働いて朝方帰ってくることも多く、勤務体系が不規則なため、そのような生活に合わせてしまうと、母親が体を壊してしまうのではないかと憂慮していた。

自分の夢と家族の将来のことを考え、農家出身の母親に「余市町でワインブドウを作りたいんだ」と話し、いよいよ相馬さんの“ワイン作り”への道がスタートした。

相馬さんは「自分でワインを作るなら余市町しかない」と考えていた。ワインの歴史が深く、ウイスキーもあり、世界レベルの農家がたくさんいる。海や山も近くにある。こんなに良い条件が揃っているところは、世界中を探しても他にないと考えたからだ。

当初、余市町で新規就農する予定だったが、余市町の農業法人に、「僕らもワインを作るつもりなので、相馬さんのような熱量を持っている人に入ってもらいたい」と声を掛けられたことから、新規就農の話を断って、2014年に農業法人に雇用で入った。

 その後、相馬さんが独立し、ソウマファームを設立したのが2019年のこと。

ウチの労働報酬は 完全歩合制      

農業に関わり合いをもってくれる人を増やしたいという考えから、ソウマファームの労働報酬は、完全歩合制。働きに来る人は、もともと農業に関わりのない人が多く、働く人のほとんどが女性。男性と比べると、体力的には厳しい面もあるが、そこは、人数を増やすことでカバーできている。

 完全歩合制の給料に上限はなく、来た人が頑張り過ぎてしまって、相馬さんから「そろそろ今日終わりにしませんか?(笑)」ってお願いすることもあるそうだ。

 自分の好きな時に来て、自分の好きな時に帰っていい。収穫物を計量してお給料を貰うだけ。だから「今日はもう暑いからやってられない!帰ります!」それでも大丈夫。自分のペースで働いてもらいながら、農業に関わり合いをもってくれる人を増やすことで、“農業を楽しむ“人口は少なからず増えるかなと思っている。このようなやり方の農家が増えていけば、週末に農業をやりたいと考えている方たちのニーズに応えられるのではないだろうかと相馬さんは話す。

 

余市町の未来のためのブランディング   

相馬さんは農業に加え、現在は、町おこしに全力で取り組んでいる。余市町を酒を飲みにくる町にしていくことが、重要と感じていて、余市町に拠点を作りたいという人たちのバックアップもできたらいいと思っている。まず、売りになるものを作らないと、この町は死んでしまう。どうやったらこの町の未来を切り開けられるかと、いつも考えているそうだ。

 今後、町おこしとして、面白いと思っているのが、観光会社と組む農作業体験ツアー。未経験者でも1~2時間でできるような作業を用意し、作業の内容を説明しながら、実際に体験してもらう。体験した方は少しでも関わった畑のものが買いたくなるだろうし、自分が関わった畑のワインが飲みたくなるような内容を考えている。

 町内のワイン醸造家の方と「相馬さんが栽培しているソーヴィニヨンブランだからソウマニヨンブランだ!」と、日頃から冗談で言っていたが、ふるさと納税の余市感謝祭企画で、「ソウマニヨンブラン」という名前のワインを本当に作り、10分で完売。これも余市町の未来のための取組みの一つ。

 これからの農業はエンターテイメントだと思っている。今は、物より思い出にお金を使う時代。例えば、サブスクリプションなどを導入することによって、農業って変わるのではないかなと思っている。

 また、目標としているのは、シナジー(相乗効果)の最大化。余市町のブランディングに関わり、シナジーを起こしていくのが相馬さんの経営理念。

 

小さな幸せを見つけるのが上手くなる   

「農業をはじめると、小さな幸せを見つけるのが上手くなりますよ」と相馬さんは言う。例えば、冬に畑の作業を残してしまった時。曇りですごく寒いなーと思いながら、枝を針金から切り離している最中に、雲の隙間から日が差し込んできて、身体がポカポカする。長時間、どんな天候であろうと外でやらなくてはならない仕事の中で、「つらいなぁ」と思っていたところに、ちょっとした日が差し込むだけで「幸せだなぁ~」って思えるようになった。これが農業の良いところの一つだと思っている。

次に、少し厳しいお話。新規就農を希望する方たちの中には、都会の生活のスピードに疲れて、「農業だったらスローライフができるんじゃないか」という考えで来る人がいる。

 「俺はこれがやりたいから農業をやるんだ!」っていう人はまれ。だから、途中でリタイアしてしまう人が多い。農業をやるのも「普通の仕事と同じぐらいの責任感をもってやらないとダメ」ということを伝えたい。自分は農業よりブラックな仕事はないと思っている。病気が発生してしまうため、時にはどんなに悪い天気でも遅くまで作業をしないといけない。数日、睡眠時間3時間も当たり前の世界。農業も普通の仕事と同じく、責任感が発生するもので、非常に厳しい世界。スローライフはない。でも、小さな幸せを感じることができるようになる。そして「農業には、色々な可能性があり、地域を変える力がある」ということが最大の魅力だ。

 

 

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