Ⅶ. 「どんな形でも就農できる地域にしたい」

人生のあゆみ             

牛の一生に関わっていけるのが楽しい  

実家は酪農家で、小さい頃から家の手伝いをしていた。酪農は大変な仕事で、ネガティブなイメージがあると感じていて、高校では友達にも実家が酪農家だと言えなかった。高校卒業後は、帯広畜産大学の別科に進学。その時は、牧場をやりたいというよりは、酪農関係の仕事に進もうかなと思っていた。

大学卒業後に、カナダへ酪農研修に行く機会があり、その時の研修先が、女性が経営する牧場だった。当時は研修先を探すにも、日本人の女の子はなかなか選んでもらえない。日本人は真面目だから一生懸命に仕事をするといういいイメージはある一方で、女の子はちょっと…ということで断られていたが、最後にやっと「うちでもいいの?」と言ってくれた方が先ほどの牧場。

 自身がカナダで感じてきたということもあるが、酪農の魅力は、産まれた仔牛を親になるまで見届けられること。いろんな過程に関わっていけること、自分でファミリーを増やしていけることが楽しい。カナダでお世話になった女性経営者が、牛が大好きで、我が子のように接している姿を見たことが、大きな影響となって、自然と牛が好きになっていった。牛をこんなに好きって思うようになったのは、カナダに行ってから。言葉もあまり話せなかったが、カナダへ行っていなければ、今牧場をやっていないと思う。

 

牛のために私がしてあげられることを  

日頃から気をつけていることは、牛を健康に飼うこと。健康だと何より作業がスムーズに進むし、経費も抑えられる。そのため、牛の変化に早く気づくことを意識している。

酪農コンサルタントの方に相談した時、投資をするときの優先順位というものがあり、第一に事故を減らすこと、次は牛の快適性、最後に労働力の軽減と言われた。当時給餌ロボットの導入を計画していたが、考えを変え、牛を健康な状態で分娩させることを優先することにした。母牛が健康に仔牛を産めば、病気にならず、獣医さんのお世話にならないし、作業全体がスムーズに進む。たとえ餌やりに時間がかかったとしても、結局最後に終わる時間は同じため、牛のために、今一番した方が良いことを考えるようになった。今後は、分娩の環境を良くするために乾乳牛舎の建設を考え中。

 うちの牧場から死んだ牛を外に出したくない。市場や肉になりに行くことになっても、生きて歩いて出て行ってほしい。そのために、何かおかしいと思った時はすぐ処置してあげる。そうすれば、あまり長引くこともない。会社を始めた時からそうだが、教科書を読むよりも、周りの人から教えてもらったことが多く、そうやって自分で牛を見られるようになってきた。

 

意地が続けられた理由         

カナダから帰ってきて、実家の牧場で一年ほど働いた頃、父親からの提案もあって、独立してマドリンという牧場を設立した。父親も新規就農で牧場を始めたということもあり、私にも「自分で牧場を持つ楽しさを知ってほしい」という想いからだったようだ。

独立時は女性ということもあって、経営者としてまったく良く見られていなかった。女性という珍しさで見られたり、本当にできるのかという目で見られたが、近所の酪農家の奥さんが、様子を見に来てくれたり、買い物ついでに寄ってくれたり、励ましてくれたことが支えとなって続けてこられた。それから1年、2年と続くと周りが変わってきた。牛が逃げていたら教えてくれたり、牛の移動に時間がかかっていたら手伝ってくれたり、助けてくれた。一人で続けてきたということと、その頃から始めていた女子会の開催などを雑誌等で取り上げてもらうと本当に周りの見方が変わり、認められていった。周りに認められる前は、自分自身も悔しかったし、自分がやめたら、「やっぱりな」という風に思われるから、意地でしかなかった。

 興味があって、憧れて始めた仕事でも、環境に恵まれなかったら、やめてしまう人もいるけれど、同志がいたり、話せる場があると、もう少しがんばろうと思える。孤独だなと思った時に仲間に助けてもらったので、今は自分が中心となって、仲間づくりのために女子会を開催している。

 

広尾町で就農する人を増やしたい    

この地域を「農業を、酪農を始めるなら広尾町」でと言われるようにしたい。

北海道に憧れ、将来牧場を持ちたいと夢を持つ女の子が来て、色々な方に「牧場をやりたい」と話しても、「女一人では無理だ」と言われ、結局スタートラインに立てずに困っている学生がいる。それを決めつけているのが、今の生産者ではないだろうか。これだけ農家が減っているのに、なぜ農業をやりたいと言っている人を受け入れようとしないのだろう。自分を一つの事例として、経営状態をキープし、これからもっと良くしていければ、第2、第3のマドリンみたいな形が現れるのではないか。だからこそ、受け入れる地域の認識を変えたいと思っている。

夫婦で始めることも素晴らしいことだが、別に夫婦でなくても就農する形があってもいい。異業種であれば、友達同士の共同経営で起業する方が多くいるのに、どうして酪農はダメなのか。そういう形で認められないっていうのは違う。もちろん勉強、経験することは大事だが、女性だからダメとか、この人たちだからダメっていうのは違うと思う。やる気や意欲がある若者の気持ちをつぶさないように、地域として受け入れていくというのが大事だと思う。だから、広尾町だったら、どんな形でも就農できるという地域にしたい。

 自分がやりたいという気持ちは大切にしてほしい。研修や仕事を始めても、続けてみないと何も見えてこない。分からないことは絶対にあると思うから続けてほしい。そういう意味で、これから就農を考えている方へは、「ぶれない気持ちとパッションが大事!!」と伝えている。「誰ができないというのはないから、やりたい方はぜひ一緒にがんばりましょう」。

 

 

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