
ちいちゃんがお手伝いをする読み聞かせは、子どもコーナーの奥のお話の部屋で行われます。子どもコーナーは、絵本や児童図書だけでなく、小さなテーブルやイス、遊びの部屋、子ども用トイレなんかもありました。
本だなも、ちゃんと手がとどく高さになっています。子どもたちは、好きな本をテーブルのところに持ってきて、イスにすわって読んでいます。くつをぬいで、ねころんだりできる部屋では、紙しばいや布の絵本で遊んでいる子もいます。とても楽しそうです。
「あっ、お姉ちゃんだ」
「ちい姉ちゃんだ」
ちいちゃんとたっくんに気がついて、小さな子どもたちが、集まって来ました。ちいちゃんと一緒に読み聞かせをするボランティアのお兄さん、お姉さんもいます。
「こんにちは。今日は、いとこのたっくんも一緒です」
「こんにちは、たっくん。よろしくね」
「こんにちは」
たっくんも元気にあいさつをしました。もう、みんな友だちです。
「ちいちゃん、待ってたんだ。さっそく、読み聞かせを始めよう」
ボランティアのお兄さんが言いました。ちいちゃんは、子どもたちとお話の部屋に入りました。
お話の部屋では、くつをぬがなければなりません。ちいちゃんも、ボランティアのお兄さんの手を借りて車いすから降りました。車いすは、ボランティアのお姉さんがすばやくたたみました。
「お姉さん、ぼくにも、車いすのたたみ方を教えてください」
勇気を出して、たっくんは声をかけました。
「ええ、いいわ。たっくんなら、すぐに覚えられるわ」
たっくんはお姉さんと一緒に、車いすを開いたりたたんだりしました。ちょっとしたコツさえのみこめば、それほどむずかしくはありません。たっくんは、たたんだ車いすを子どもたちのじゃまにならないように、部屋の前のかべによせて置きました。
子どもたちでいっぱいの部屋では、読み聞かせが始まっていました。
小さな子どもたちに囲まれて、本を読み聞かせしているちいちゃんは、いつもよりちょっとお姉さんに見えます。たっくんには、そんなちいちゃんが、きらきらととても光って見えました。子どもたちもしいんと静まりかえって、ちいちゃんのお話に夢中です。
「ちいちゃんは、車いすを使うずっと前から、この図書館に来ていたんだよ」
満員の部屋の前で、たっくんに小声で話しかけたのは、ボランティアのお兄さんです。
「読み聞かせをするようになったのは、いつからなんですか?」
たっくんも小声で聞きました。
「交通事故にあってから、しばらく顔を見せなくなったんだ。とてもみんな心配したんだよ。ところが、ある読み聞かせの日、車いすに乗ったちいちゃんが、ひょっこり図書館にやって来たんだ」
たっくんは、ちいちゃんから聞いた、あの交通事故の話を思い出しました。
「はじめ、ぼくたちは、なんて声をかけようかと、ちょっと迷ったんだ。だけど、ちいちゃんは、明るく元気な声で、自分に何かできることを探しに来ました、って言ったんだ」
そういえば、元気のよさは小さいころから少しも変わってないなあと、いっしょうけんめいに読み聞かせをしているちいちゃんを見ながら、たっくんも思いました。
「そんなわけで、ちいちゃんは一人のボランティアとして、ぼくたちの仲間に加わることになったんだ。でも、とても熱心なので、子どもたちにも、ちいちゃんの読み聞かせは評判でね。ぼくたちの方が、ちいちゃんから教えてもらうことが多いくらいなんだよ」
「なるほど…」
思わず、たっくんの口からもれた言葉でした。
ボランティアのお兄さんは、ほほえみながら続けました。
「だから、ぼくたち、みんなで力を貸しあっているんだよ。車いすから部屋へ移動するとき、だきかかえてあげるとかね。子どもたちだって、とっても自然だよ。自分の手がとどかないところの本をちいちゃんに取ってもらったり、ちいちゃんが落とした物なんかを、拾ってあげたりするんだ。お互いに、必要なときに自分のできることをする、これがボランティアだと思うよ。だから、ここでは、大人も子どもも、みんな、お互いに自分にできることに精を出しているってわけなのさ」
たっくんは、もう一度、読み聞かせにいっしょうけんめいなちいちゃんの方を見ました。
やがて、読み聞かせが終わったちいちゃんは、ボランティアのお兄さんにだきかかえられて、部屋から出てきました。入口では、たっくんが、たたんだ車いすに手をかけています。ちいちゃんに笑いかけると、たっくんは、さっと車いすを開きました。
「たっくん、ありがとう」
ちいちゃんは、うれしさでいっぱいの顔をほころばせました。
「どういたしまして…」
元気にたっくんは言いました。ちいちゃんの家を出てくるときとはちがって、自信たっぷりです。
「ちい姉ちゃん、ありがとう」
「また読んでね」
「今度は、べつの本を読んでよ」
たっくんと、車いすに乗ったちいちゃんの周りに、子どもたちが集まって来ました。子どもたちは、ちいちゃんが車いすに乗って自由に動けるようになるまで、じっと待っていたのです。
たっくんは、ちいちゃんと一緒に、子どもたちの「ありがとう」「ありがとう」にうずまってしまいました。
「ちいちゃん、たっくん、バイバーイ」
子どもたちは、また、自分たちの遊び場所にもどって行きます。ボランティアのお兄さんとお姉さんが、ちいちゃんとたっくんのそばに寄って来ました。
「ちいちゃん、おつかれさま」
「また、来てね」
「また来るわ」
ちいちゃんが言いました。
「たっくんも、また来てね」
「うん。きっと」
たっくんも、ボランティアのお兄さんとお姉さんに言いました。
「さようなら」
たっくんが車いすを押し始めました。
「たっくん、わたしの読み聞かせ、どうだった?」
「とっても上手だったよ。子どもたちも熱心に聞いていたしねぇ…」 |