自死遺族への心理的援助(精神保健福祉ジャーナルNo.287から)

自死遺族への心理的援助

札幌医科大学保健医療学部看護学科 助教授 吉野 淳一

はじめに

 きょうは、これまで私が取り組んできた自死遺族との個別あるいは集団での関わりから、自死遺族への心理的援助について感じていることを話したい。

 自死の余波を考えてみると、遺族は身内の自死によって恥辱感を味わうことが報告されているが、その一番の源となる考えには、自死は悪いこと、恥ずべきことといった見方が関係しているようだ。しかし、本当に自死は悪いことなのだろうか。ある遺族の人が言うには、有名人や小説家などは自殺してもそれが恥とはならないが、無名の一市民の場合はそうならず、肩身の狭い思いをする―ということだった。自死によって遺された家族の心情にははかり知れないものがあるのだ。

何が遺族の助けになるのか

 遺された家族が、社会的な自死への偏見や大切な身内がなぜ自分で自分の命を絶たなければならなかったのかという謎に苦悩するとすれば、何がその苦悩する人たちの助けになるのだろうか。例えば、そっとしている、(心情を)語るように励ます、見てみないふりをする、(現在の心境を)教えてもらうなどが考えられる。私は研究をする立場だったので、もっぱらとってきたスタンスは、最後の「教えてもらう」だった。しかし、今、私が気になるのは、遺族を心配している人ほど、そっとしているという選択が多いかもしれないということだ。遺族はどちらかといえば、興味本位に語る心ない人の存在に注意を奪われがちで、節度を持って心配している人の存在にはなかなか気づけないでいる。現在、何とか親身に心配している人と自死遺族の両者を結ぶことはできないかと考えている。

遺族の心理(個人内心理と関係論的視点)

 自死遺族の心理を考えるときに、大きく個人内心理といった観点と関係論的視点といった観点から考えることができるかと思われる。個人を中心に考えたときの心理を考えてみると、これまでにいわれてきたようにトラウマ(心的外傷体験)があげられる。遺族は何らかの心の傷を受けていると考える立場である。それから、大切な身内を自死で失うような場合には、自責、怒り、見捨てられ感、憎しみといったような複雑な心理状態に置かれやすいということも言われている。臨床的な感覚では、傷つき体験をした人は、とても傷つきやすい状態にあって、猜疑心や警戒心が高まりコミュニケーションが難しいときがあるので、援助者は遺族の置かれている心情をよく理解しておく必要があるということだ。

 次に関係論的視点で考えてみたい。私の経験では、大切な身内を自死で亡くした人には、自死に至るまでの経過でその自死者との関係をこじらせていることが多い。これは、例えばその人の自死に抑うつ状態屋人生の悩みなどが影響していたと想定すれば、周囲の人との関係がその病気や悩みの影響で緊張していたり難しくなっていたりするのは当然である。ただ、厳しい言葉のやり取りや、分かり合えないと言った印象を持ったその直後に自死が起きると、遺された人の苦悩はとても深くなることは踏まえておきたい。では、逆に関係がよければそのようなことはないかといえば、そうはならない。良い関係であった人は、なぜそのような環境の中で自分の市を選ばなければならなかったのかと理解に苦しみ、裏切られたような気持ちになり、時には憎しみさえ抱くのである。また、親やきょうだいを自死で亡くした人の多くは、口にしなくとも自分もいつか同じ道を選ぶのではないかと根拠なしに思い込んでいることがある。そしてその思いは、自死者のなくなった年齢に近づいたり、命日が近づいたりすると強まることがあるので注意が必要である。

納得できるストーリーとの出会い

 自死遺族で、特別な治療やケアを受けたことがない人でもこの苦難の体験を受けとめ、なおかつ安定感を損なわない人がいる。そのような人を見ていると、自分なりに納得できるストーリーを見出しているように見受けられる。このような自分なりに納得できるストーリーは、他者との交流によってより確かなものになることもあるし、再構築が必要になることもある。しかし、できれば自分の中にとどめておかずにまじめに聞いてくれる人の前で語る機会に恵まれるべきである。

関係を修復し和解する

 自死した人と遺された家族との関係では、時に自死によって身体を失い、この世から立ち去った後の方が関係が深まることがある。端的にいえば、頭から離れなくなるということだ。このような場合には、自死者とその遺族との関係を修復したり、和解できたりする必要はないか、考えてみる必要がある。身体を失っても関係性は続いているので、できる限りその関係を良いものにしておくことで、自死者に向ける気持ちが落ち着いてくる可能性がある。最終的には遺族が、大切な家族が自分で自分の死を選んだ事実を許すことができるかどうかが遺族のその後の気持ちのありように大きく関わってくると思われる。

援助者の気持ちの準備

 自死遺族が納得できるストーリーを見つける旅も、大切な人が自死したことを許す作業もその人の生き方や魂に触れる問題であり、既存の心理学で扱える範囲を超えるものである。この先にあるのは、宗教や文学或いは哲学といったものかもしれない。援助者は、必要に応じてこれらの領域に踏み込むか、つないでいくかする役割が果たせるよう準備をしておくべきと思われる。

終わりに

 深い悩みを生きる人は、人間や命といったものの神髄を理解していく人だと考えている。そのような人たちの傍らにいて、癒しを求める旅に同伴できることは光栄だと感じている。

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