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最終更新日:2016年7月22日(金)


-北海道・黒竜江省友好提携30周年記念-

   どうぎんカーリングクラシック2016 が開催されます!



 平成28年8月4日(木)~7日(日)、北海道札幌市でカーリングの大会「どうぎんカーリングクラシック2016」が開催されます。

 カーリングは、北海道が姉妹提携を結んでいるカナダ・アルバータ州から学び、友好提携を結んでいる中国・黒竜江省との交流で中国に普及した競技です。今年、北海道と黒竜江省との友好提携が30周年を迎えることを記念して、今年のどうぎんカーリングクラシックは、アルバータ州と黒竜江省からもチームを迎え、「どうぎんカーリングクラシック2016~北海道・黒竜江省友好提携30周年記念~」として開催されます。

 そこで、この場をお借りして、皆さんにアルバータ州・黒竜江省・そして北海道の3地域のカーリング交流の歩みを少しご紹介したいと思います。

   【参考リンク】

  カーリング交流の歩み PDF版はこちら ↓     どうぎんカーリングクラシックについてはこちら ↓

                 北海道バナー2                大会バナー



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1 姉妹・友好交流が生んだカーリング交流  ~草の根交流からオリンピックへ~

 1998年の長野オリンピック。カーリングが初めて正式種目となり、テレビの画面に大きく映し出された北海道出身の日本代表選手たちの活躍に、多くの日本人は釘付けとなりました。そして2010年のバンクーバーオリンピックでは、カーリングの強豪スウェーデンやカナダのチームに次いで銅メダルを獲得した中国女子チームに、世界中が目を見張り、拍手が贈られました。さらに、2016年3月に行われた世界選手権では、日本の女子チームがオリンピック、世界選手権を通じて日本としては初となる銀メダルを獲得したことは記憶に新しいと思います。

 これらの世界の舞台での活躍は、北海道、中国・黒竜江省、カナダ・アルバータ州の姉妹・友好提携がきっかけで生まれたものです。北海道とアルバータ州は1980年、黒竜江省とアルバータ州は1981年、そして北海道と黒竜江省は1986年にそれぞれ姉妹・友好提携を締結し、3地域でユニークな交流を進めてきました。

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2 北海道はアルバータ州から学んだ

 カーリングの交流は、まず北海道とアルバータ州との間で始まりました。カーリングという競技を見たこともなかった道民に、1980年、スポーツ交流の一環としてアルバータ州から講師が来道し、池田町で講習会が開かれました。さらに翌年の1981年には、カナダから元世界チャンピオン、ウォーリー・ウースリアック氏が招かれ、48名の参加のもと指導者講習会が開催されました。以後、全道各地で講習会が開催され、地域のカーリング協会が続々と設立。1982年には「第1回北海道カーリング選手権大会兼アルバータ杯カーリング大会」が開催されるなど、カーリングは一気に普及していきました。

 最初はビールのミニ樽やプロパンガスのミニボンベなどでストーンを自作しながら練習したという常呂町(現在の北見市)に、1988年アジア初のカーリングホールが建設されたことを機に、北海道で国内外の大会が多数開催され、多くの代表選手が輩出されるようになり、日本にもカーリング競技が定着していきました。

ミニ樽とほうきでの練習風景

ミニ樽とほうきでの練習風景(1980年、常呂町)



3 次は黒竜江省へ! 3地域間交流が始まった!

 1986年、北海道と黒竜江省が友好提携を締結したことにより、翌年からアルバータ州を交えての「3地域間協議」が始まりました。共に北方圏に位置し気候や風土も似ている3地域が共通する寒冷地技術やスポーツ、文化などで交流し合うことで合意し、様々な交流が検討、実施されてきました。黒竜江省から「カーリングを黒竜江省に」との相談を受け、北海道からは指導者を、アルバータ州からは用具をそれぞれ提供することとなり、3地域によるカーリング交流が始まりました。

 1905年1月黒竜江省に最初に派遣された北海道カーリング協会の土居博昭名誉会長は、当時を振り返りこう語ります。「まだ、黒竜江省にはカーリングを知っている人もいなかった。それは、北海道がアルバータ州に初めて教えてもらった時と全く同じ。初日に集まったのは、黒竜江省やハルビン市の役所の人ばかり。こりゃまいったなと頭を抱えましたが、翌日には、なんとかアイスホッケーやフィギュアスケートの経験者が集まって、ラインも何もない氷の上で最初の指導を始めることができました。」

 しかし、4年後、再び黒竜江省を訪れた土居名誉会長は驚きの光景を目にしました。「体育館には、アルバータ州から学んだという通年型のカーリング専用レーンが2本も設置され、選手達の目は真剣そのもの。4年前とは全く違いました。省をあげて取り組んでいることがひしひしと伝わってきましたよ。それでも、一緒に訪問した北海道の代表チームは、黒竜江省チームとの勝負に圧勝していました。」

 その後も、北海道と黒竜江省のカーリング交流は、指導者から選手間の交流へと発展し、相互派遣や親善試合など、様々な形で広がってきました。

北海道カーリング協会土居名誉会長

北海道カーリング協会 土居博昭名誉会長



4 最初の指導から14年・・・

 2008年、北海道名寄市で開催された「パシフィックジュニア選手権」の会場で、土居名誉会長にとって嬉しい再会がありました。中国の子ども達を率いて来道したコーチが、14年前、黒竜江省で最初にカーリングを教えたフィギュアスケートの選手だったのです。「あれからカーリングに転向しました。私たちは勝ちに北海道に来ましたよ。」

 決勝戦は、日本対中国。日本チームが2点リードして迎えた第9エンド。中国チームが長時間の戦いにもかかわらず、持続する強靭な体力と集中力で逆転したのです。ジュニア大会とはいえ、日本チームが初めて中国チームに敗れた瞬間でした。土居名誉会長は「本当に強くなっていた。考えられないほど驚きました。とても悔しかったけれど、うれしい気持ちもいっぱいでしたよ。」そしてさらにこう続けます。「競技の後には、子ども達が互いを称え、国境を超えて楽しそうに交流する姿がありました。こういうことを含めてジュニアを育てることに力を入れたいのです。」

カーリング交流1

北海道・黒竜江省カーリング交流1



5 「次は負けない」そして「ありがとう」

 その後、中国は、2010年のバンクーバーオリンピックの女子カーリングで初めての銅メダルを獲得。パシフィックアジアカーリング選手権では、2007年から20014年まで、男女とも中国チームが優勝を果たすなど、中国チームはアジアトップクラスのチームへと成長を遂げました。また、2012年の同大会では、決勝戦で日本チームと中国チームが優勝を争うなど、日本と中国は、国をあげてのよきライバル関係となりました。(男女とも中国チームが優勝)

 「次は負けない-」。この気持ちがお互いの技術を切磋琢磨させ、絆を深め、世代を超えた交流につながっています。

 カーリングは、15世紀に北欧で生まれました。「氷上のチェス」とも表現されるこの競技は、技術、頭脳に加え、“尊敬”、“思いやり”の精神を求める伝統的なスポーツと言われます。こうした500年を超えるカーリングの伝統や精神を受け継ぎ、3地域の交流は末永く続くことでしょう。今でも黒竜江省から北海道に対して何度も何度も伝えられます。「カーリングを教えてくれてありがとう。」

カーリング交流2

北海道・黒竜江省カーリング交流2


 主な出来事

1980 北海道とアルバータ州が姉妹提携締結

      北海道がアルバータ州からカーリングを学ぶ

1981 黒竜江省とアルバータ州が友好提携締結

      北海道がカナダから元世界チャンピオン ウォーリー・ウースリアック氏を招き、

     第1回カーリング指導者交流会を開催

1982 北海道カーリング協会設立

      札幌で「アルバータ杯カーリング大会」を初めて開催(以降35回開催)

1986 北海道と黒竜江省が友好提携締結

1993 第4回3地域(北海道、黒竜江省、アルバータ州)会議において、

     黒竜江省へのカーリング普及に合意

1995 北海道から黒竜江省へ最初の指導者を派遣

2008 名寄市で開催の「パシフィックジュニア選手権」で中国チームが日本に勝利

2009 北海道体育協会事業として、大学生チームを黒竜江省に派遣

2010 北海道体育協会事業として、黒竜江省チームを受け入れ

2010 バンクーバーオリンピックで、中国チームが銅メダルを獲得

2013 アルバータ州から「北海道女子カーリングアカデミー」ヘッドコーチ ジェームス・ダグラス・リンド氏を

     招聘(~2016年3月31日まで。同氏は現在カーリング日本代表ヘッドコーチ)

2015 日本のカーリングの父 ウォーリー・ウースリアック氏に在カルガリー日本国総領事館が

     在外公館長表彰を授与

2016 世界選手権で日本女子チームが初の銀メダルを獲得

                   LS北見とリンドコーチ

                       2016年世界選手権で銀メダルを獲得したLS北見とリンドコーチ(右)