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最終更新日:2017年1月20日(金)


知事コラム170120


 

知事コラム



(平成29年1月20日配信分「松浦武四郎に思いを馳せる」)

 イランカラプテ、高橋はるみです。

 先週から厳しい寒さが続いていますね。
 道内だけでなく、本州でも雪の影響が出ているようです。しばらくこの寒さは続くようですので、皆さん、外出される際には、凍結した路面などに十分お気を付けください。

 さて、今週16日、三重県松阪市にある、松浦武四郎さんの生家や記念館を訪問してきました。
 武四郎さんは、それまで蝦夷地と呼ばれていたこの土地について、明治政府に対し「北加伊道」を含む6つの名称を提案した、いわば北海道の名付け親です。

 この日のお昼頃、中部国際空港に到着しましたが、辺り一面、道内と変わらぬ雪景色でした。松阪市に向かうにつれて雪は少なくなっていきましたが、武四郎さんの生家の前では、寒い中、地元の方々に温かくお出迎えいただき、ありがたく思いました。

 武四郎さんの生家は、伊勢街道に面した場所にあります。この伊勢街道は、かつて日本全国から伊勢神宮を目指す旅人が行き交う日本の大動脈でした。
 武四郎さんも、17歳の頃から全国各地を旅していたそうですが、この街道を行き交う人々を日々目の当たりにして、自分も旅に出ようと思い至ったのかもしれません。

 次に伺った「松浦武四郎記念館」では、思いもよらぬ大勢の小学生の皆さんの大歓迎に、感激いたしました。説明を受けながら、武四郎さんが蝦夷地調査で記録用に使った「 野帳(のちょう)」の現物や、明治政府に提出した「北加伊道」を含む道の名称や道内の地名に関する上申書の写しなどを、じっくりと拝見いたしました。

 こうした武四郎さんの残した資料から、北海道、そして北方四島やサハリンまで6回にわたってくまなく歩き、内陸の山や川など、当時の最先端の技術で正確な地図を作成されたそのご苦労、また、こうした調査を当時のアイヌの人々の協力を得ながら行い、アイヌの人々をパートナーとしてとても大切にされていたことなどがうかがわれ、大変感銘を受けました。

 道では、本道が「北海道」と命名されてから150年を迎える2018年(平成30年)に、道民の皆様の心に残る記念事業ができるよう準備を進めています。

 今回の訪問を通じて、武四郎さんの偉業と、その北海道に対する強い想いを改めて認識し、これからの10年、20年、50年後の北海道を背負っていく子どもたちに伝え、ふるさとを想う気持ちを育てていけるような記念事業を、しっかりとやっていきたいとの想いを強くしました。

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