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最終更新日:2018年3月24日(土)

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100の物語[自然] ヒグマ

北海道の自然のシンボル、ヒグマ

 日本では北海道だけにすむヒグマは、ヨーロッパからシベリア、北米に広く分布するハイイログマと同じ種類です。北海道では、その力の強大さから人びとに恐怖と不安を与えてきました。明治の開拓時代に、ヒグマに襲われたという話がいまも各地に伝わっています。
 その一方で、北海道の豊かな自然を象徴するキャラクターとして土産品などのモチーフに使われ、愛される存在ともなっています。
ヒグマの写真
(写真提供:斜里町立知床博物館)
何でも食べる雑食性
 ヒグマはイヌとおなじ食肉目に属しますが、植物を食べることが多い雑食性の動物で、エサは草の葉から果実、木の実、昆虫、魚、ほ乳類まで幅広いほか、季節によっても変化します。たとえば、春の主食はセリ科の草木、夏はアリ、秋はサケや木の実となります。
 おおよそ12月までには冬眠に入り、翌年の5月ころまでずっと巣穴で過ごし、メスはそのなかで出産します。出産は2~3年に1度で、1~3頭の子を産み、子どもは翌年か翌々年の秋まで母親とともに過ごします。交尾期は5~7月。体重はオスで200~300キログラム、メスで100キログラム前後になります。
ヒグマのふん
■ヒグマのふん
ふんをみると食べたものがわかる。これはナナカマド。
親子のヒグマ
■親子のヒグマ
子グマのそばには母親がかならずいるので近づくのは危険。
(写真提供:斜里町立知床博物館)
駆除から保護へ
 北海道の開拓は、ヒグマの恐怖と隣り合わせでした。1915(大正4)年に苫前(とままえ)町でおきた「三毛別(さんけべつ)ヒグマ事件」などによって、凶悪なイメージが広まり、人びとは不安を抱き続けました。
 当時は見つけ次第駆除されたことと、森林の伐採や農地の拡大による生息地の縮小によって、明治以降、道内のヒグマの個体数は減少したと考えられます。その後、駆除から保護へと政策転換し、科学的手法による被害の予防、個体群のモニタリングや管理が行われています。生息数は2,000頭前後とされ(2012(平成24)年現在)、国後島と択捉島にも分布しています。

山の神とイヨマンテ
 アイヌの人たちにとって、ヒグマは力の象徴であり生活の糧をもたらす山の神「キムン・カムイ」として特別な存在でした。冬眠の穴から子グマを連れ帰り、数年飼育した後、クマにみやげを持たせて魂を送る「熊送り(イヨマンテ)」を盛大に行いました。歌と踊りが続き、ごちそうがふるまわれるイヨマンテは村最大の儀式だったのです。現在でも、伝統文化継承の目的から博物館などで行なわれることがあります。
クマ皮製の小物入れ「カロプ」
■クマ皮製の小物入れ「カロ
おもに火打ち用具を入れて持ち歩いていたポーチ。(写真提供:帯広百年記念館)
「蝦夷島奇観」に描かれたイヨマンテ(*1)
■「蝦夷島奇観」に描かれたイヨマンテ(*1)
お酒や食べものを供えて祈る熊送りのようす。「蝦夷島奇観」は、1798年から蝦夷地を調査した幕吏・村上島之丞が描いた蝦夷風俗画。
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ヒグマに会わないために
 北海道の登山や釣りではヒグマ対策が欠かせません。最良の安全策は“出会わないこと”。そのため生息地では、単独行動や早朝夕暮れ時の行動を避け、宿泊の際はテントと食糧、食事場所は別々にします。またゴミの投げ捨てやエサやりは厳禁。ゴミや人の食物を覚えたヒグマは人間に執着し、ついには射殺される運命にあるからです。不幸なクマを生まないよう、マナーを守りたいものです。
サケをとらえるヒグマ
■サケをとらえるヒグマ
秋に遡上するサケは、ヒグマの冬の貴重なタンパク源となる。
関連リンク
*写真提供:北海道大学付属図書館[北方資料データベース]
 写真キャプション文責:北海道庁
*1 請求記号:軸物175-5  北方資料データベースレコードID: 0D023450000003
画像および文章の無断使用・複製・再配布を禁じます。
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