スマートデバイス表示はこちら


最終更新日:2014年5月26日(月)


北方領土の日とは




「北方領土の日」って?

 北方領土の返還を求める多くの団体などが「北方領土の日」を設けることを要望していたことから、政府は1981年(昭和56年)1月6日の閣議で2月7日を「北方領土の日」とすることを決め、北方領土問題に対する国民の関心と理解を更に深め全国的な北方領土返還要求運動の一層の推進を図ることとしました。


「1月6日の閣議」?
 ちょっと難しいですが、1981年1月6日の閣議では、次のような事が決められました。
「北方領土の日について」
1 趣旨
 北方領土問題に対する国民の関心と理解を更に深め、全国的な北方領土返還運動の一層の推進を図るため「北方領土の日」を設ける
2 期日
 毎年2月7日とする。
3 行事
 北方領土問題関係機関、民間団体等の協力を得て集会、講演会、研修会その他この日の趣旨に沿った行事を全国的に実施するものとする。

「北方領土の日」設定の理由書
 我が国の固有の領土である歯舞群島、色丹島、国後島及び択捉島の北方四島は、戦後35年を経過した今日、なおソ連の不当な占拠下にある。
 これら北方領土の一括返還を実現して日ソ平和条約を締結し、両国の友好関係を真に安定した基礎の上に発展させるという政府の基本方針を支える最大の力は、一致した粘り強い国民世論の盛り上がりである。
 最近、北方領土問題に対する国民の関心と理解は、着実に深まりつつあるが、全国的観点にたてば、なお一層の啓発を図る必要がある。
 このような現状にかんがみ、毎年2月7日を「北方領土の日」とし、この日を中心として全国的に集会、講演会、研修会等の行事を行い、この問題に対する国民の関心と理解を更に深め、全国的な北方領土返還運動の一層強力な推進を図ることといたしたい。
 なお、2月7日は、1855年(安政元年12月21日)日露通好条約が調印された日である。


どうして「2月7日」なの?
1855年日露通好条約に基づく国境線  この2月7日は1855年(安政元年)伊豆の下田において日本とロシアが『日露通好条約』を結んだ日で、択捉島とウルップ島の間に国境が定まりました。
 この条約により択捉島から南は日本の領土として国際的にもはっきりと決められたことから、歴史的な意義を持っている日なのです。
 平和的な話し合いの中で領土の返還を求める北方領土返還要求運動推進するという目的に、最もいい日ですよね。
1855年日露通好条約に基づく国境線


何かこの日にやってるの?
 毎年、北方領土の日には、東京において「北方領土返還要求全国大会」が開催されるのをはじめ、北海道や多くの民間団体によって「北方領土の日啓発実行委員会」が組織され、この2月7日を中心に多彩な行事が行われています。
 また、北海道で一番大きなイベントとしては、毎年、札幌雪まつり大通会場で「北方領土フェスティバル」が開催され、アトラクションなどを行っています。
 この他にも全道各地で写真展や署名コーナーなどが設置されるほか、テレビCMなども行っています。