スマートデバイス表示はこちら

ホーム > 総務部 > 北方領土対策根室地域本部 >  H28遺産事業「北方領土遺産ツアー」


最終更新日:2016年10月03日(月)

野付通行屋跡遺跡を訪ねる
  北方領土遺産ツアー

 平成28年度北方領土遺産発掘・継承事業の一環として、かつて国後島へ渡るための要所であった「野付通行屋」の遺跡を訪ねる北方領土遺産ツアーを実施しました。
 この北方領土遺産ツアーは、根室管内に住む方に北方領土関連遺産である「野付通行屋跡遺跡」に触れてもらうことで、北方領土問題に対する興味や関心を高めるとともに一層の理解促進を図ることを目的に、別海町郷土資料館との共催により実施したものです。

【実施日時】
  日時:平成28年4月24日(日) 9:30~13:00
  場所:野付半島、野付半島ネイチャーセンター

野付通行屋跡遺跡について

 「野付通行屋」は、寛政11年(1799年)に江戸幕府が国後島へ渡るための交通の要所として野付半島の先端に設置した宿泊施設です。
 別海町郷土資料館の石渡一人氏によれば、「野付通行屋」が設置された理由は、寛政元年(1789年)に起こったクナシリ・メナシの戦いや寛政4年(1792年)にロシアの使節であるラスクマンが来根するなど、北海道(当時は「蝦夷地」と呼ばれていました)の国防上の問題があったこと、また、野付半島が国後島へ渡る最短のルートであったことが理由と考えられています。
  平成15年から17年にかけて別海町郷土資料館で発掘調査が行われ、遺跡の全長が明らかとなり、遺跡の機能を想定できるまで整理することができたそうです。調査の結果、建物の位置、お墓の位置、畑の跡などが発見され、また、陶磁器類などの遺物が約1万2千点ほど出土したそうです。
 また、野付半島の先端には幻の町「キラク」という集落があったという伝説があります。「キラク」は歓楽街でそこには鍛冶屋や遊郭などがあったと言われています。 

野付通行屋跡遺跡
野付通行屋跡遺跡の航空写真
中央のくぼみ部分に野付通行屋があった
※写真は別海町郷土資料館提供
 

北方領土遺産ツアーの様子

 北方領土遺産ツアー当日は快晴で46名の方が参加してくださいました。

レクチャーの様子
野付半島ネイチャーセンターでのレクチャーの様子
別海町郷土資料館職員から野付通行屋の概要や
歴史等の説明がありました。

遺跡までの移動
 野付通行屋跡遺跡までの移動の様子
遺跡までは草の生い茂った道や
海岸線を約2.5km歩きました。

遺跡での説明
野付通行屋跡遺跡での説明の様子
別海町郷土資料館職員から説明を受けながら
建物跡や畑の畝の跡、お墓等を見学しました。



発見した磁器
ツアー中に発見した磁器等
参加者の何名かは、遺跡付近で当時使用されていた
磁器等を発見することができました。
発見した磁器等は今後調査を行っていくため
別海町郷土資料館に 預けられました。

 北方領土遺産ツアーに参加された方から「地元の人も入れない土地に今回やっと行くことができ、とても貴重な体験をさせてもらいました。」「地元に住んでいるのに知らないことばかりで、勉強になりました。まだ発掘されていない器などがあるのにびっくりしました。」「昔のロマンにふれることができ良かったです。」など感想を述べられていました。