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ホーム > 総務部 > 北方領土対策根室地域本部 >  H28遺産事業「日ロ混住時代の記憶を語り継ぐ」勉強会


最終更新日:2017年3月30日(木)

ソ連占領下の北方領土。
「日ロ混住時代の記憶を語り継ぐ」勉強会

 ソ連占領下の北方領土における日本人とロシア人の混住時代をより理解していただくために、写真集「千の島を巡る 1946年のクリル探検」を題材に、写真集自体の解説や、実際に混住の時代を体験された元島民の方や次世代を担う元島民2世の方をお招きしお話いただく勉強会を開催しました。


ソ連占領下の北方領土「日ロ混住時代の記憶を語り継ぐ」勉強会

 ●日時:平成28年11月27日(日) 13:00~
 ●場所:道立北方四島交流センター(ニ・ホ・ロ) 交流ホール


第1部 ロシア人が撮った写真が語る日ロ混住時代

勉強会1   第1部では、根室振興局職員から写真集の紹介と解説を行いました。
 最初に、写真が発見された経緯やなぜこのような写真が残っているのかなど、写真集の概要について説明を行いました。
 次に、掲載されている写真の一部を抜粋し、写真が写し出している状況の説明や、写真に写っている方の調査結果などの報告を行いました。
 

第2部 元島民が語る日ロ混住時代の記憶

 第2部では、元島民の方3名、元島民2世の方1名、また、ビデオ映像により出演してくださった元島民の方2名から当時のお話や今後の混住の可能性についてお話を伺いました。
 ご出席いただいた方は次のとおりです。

 ・松崎 勍さん(元島民:色丹島)
 ・佐藤 信子さん(元島民:国後島)
 ・佐藤 正二さん(元島民:択捉島)
 ・舘下 雅志さん(元島民2世:国後島)
 ・油本 繁さん(元島民:水晶島(ビデオ映像による出演))
 ・山下 秀夫さん(元島民:国後島(ビデオ映像による出演))

 

勉強会2  色丹島の松崎 勍さんは、写真集の写真の中に写っている元島民の一人です。写真では母親や妹、一緒に遊んでいたロシア人の子供等と一緒に写っています。
 松崎さんは、「ソ連兵にチョコレートやキャラメルをもらい嬉しくて家に持って帰ったが、親に毒だから捨てろと言われた。捨てたくなくて納屋に隠しておき、こっそり食べていた。」、「学校から帰るとロシア人の子供を台車に乗せて近所を散歩してあげたりして遊んでいた。」というお話をされていました。
勉強会3  国後島の佐藤 信子さんは、「母親や伯母はロシア人から帽子を作ってくれと頼まれて、作ってあげると皆が作ってくれと押しかけてきた。」、「弟が風邪を引いた時に、ロシア人の国境警備隊が船を仕立ててくれて病院に連れて行ってくれた。」 というお話をされていました。
 また、択捉島の佐藤 正二さんは、「ロシア人が島に入ってきた当初は、ロシア人の子供と理由もなく喧嘩していたが、1か月もすると仲良く遊ぶようになった。」というお話をされていました。
勉強会4  元島民の方々から、ロシア人と良好な関係が伺えるエピソードをお話いただけた一方で、島が帰って来た場合、現島民と共住は可能かどうか伺うと「共住は難しい。」、「島が帰って来たとしても、法の整備が完璧でなければ共住は難しい。」という意見があり、混住時代を経験されたからこそ共住の実現の難しさを痛感しているのではないかと思われます。
 一方、元島民2世の舘下 雅志さんは、「島の一部を共住地域にする方法もある。未来志向で島の未来を考えたとき、混住も一つの可能性である」という混住に前向きな意見をいただくこともできました。
勉強会5  国後島の山木 秀夫さんは、子供ながらに今後ロシア人の占領が続いても生活できるよう、ロシア人にロシア語を教えてもらい、ロシア語を話せるようになったそうです。また、いつも遊びに行っていた車の整備工場のロシア人に仲良くしてもらったというお話もされました。
 水晶島の油本 繁さんは、仕事場の通訳がロシアの都合のいいように翻訳しているのではないかと思い、ロシア語を勉強しようと決心したそうです。ロシア語の教科書を持っている人の家に行って、朝から晩まで内容を書き写して猛勉強した結果、ロシア人と会話できるようになり、話してみるとロシア人も決して悪い人間ではないということがわかったそうです。