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ホーム > 総務部 > 北方領土対策根室地域本部 >  H29遺産事業「北方領土遺産ツアー」


最終更新日:2017年4月28日(金)

野付通行屋跡遺跡を訪ねる
  2017北方領土遺産ツアー

 平成29年度北方領土遺産発掘・継承事業の一環として、かつて国後島へ渡るための要所であった「野付通行屋」の遺跡を訪ねる北方領土遺産ツアーを昨年に引き続き、実施しました。
 この北方領土遺産ツアーは、北方領土関連遺産である「野付通行屋跡遺跡」に触れてもらうことで、北方領土問題に対する興味や関心を高めるとともに一層の理解促進を図ることを目的に、別海町郷土資料館と連携して実施したものです。

【実施概要】
  実施日:平成29年4月23日(日)
  場    所:野付半島、野付半島ネイチャーセンター
  主    催:根室振興局北方領土対策課、別海町郷土資料館

野付通行屋跡遺跡について

 「野付通行屋」は、寛政11年(1799年)に江戸幕府が国後島へ渡るための交通の要所として野付半島の先端に設置した宿泊施設です。
 別海町郷土資料館の石渡一人学芸員によると、「野付通行屋」が設置された理由は、寛政元年(1789年)に起こったクナシリ・メナシの戦いや寛政4年(1792年)にロシアの使節であるラスクマンの来根など、国防上の問題が北海道(当時は「蝦夷地」)にあったこと、また、野付半島が国後島へ渡る最短のルートであったこと等が考えられるそうです。
  平成15年から17年にかけて別海町郷土資料館で発掘調査が行われ、遺跡の全長が明らかとなり、遺跡の機能を想定できるまで整理することができたそうです。調査の結果、建物の位置、お墓の位置、畑の跡などが発見され、また、陶磁器類などの遺物が約1万2千点ほど出土したそうです。
 また、野付半島には地元で伝承されている伝説があります。それは、幻の町「キラク」。
 江戸時代末期にたくさんの建物が建ち並び、武家屋敷や遊郭、鍛冶屋などがあったと言われています。しかしながら、「キラク」の存在を立証する明確な証拠はなく、歴史ロマンをかき立てる物語として語られています。 

野付通行屋跡遺跡
野付通行屋跡遺跡の航空写真
中央のくぼみ部分に野付通行屋があった
※写真は別海町郷土資料館提供
 

北方領土遺産ツアーの様子

 北方領土遺産ツアー当日は前日にが降り、最高気温度程度とあいにくの天気の中、

40名の方が参加してくださいました。

レクチャー
別海町郷土資料館職員から野付通行屋の概要や
歴史等のレクチャーを行いました。

遺産ツアー(移動)
 野付通行屋跡遺跡まで草の生い茂った道や
海岸線を約2.5km歩きました。

遺産ツアー3(説明)
野付通行屋跡遺跡で 別海町郷土資料館職員から
説明を受けながら 建物跡や畑の畝(うね)の跡、
お墓等を見学しました。


遺産ツアー(陶磁器)
ツアー中に発見した磁器等
参加者の何名かは、遺跡付近で当時使用されていた
磁器等を発見することができました。