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ホーム > 農政部 > 農村整備課 >  田園空間博物館 とかち大平原地区


最終更新日:2018年6月25日(月)

田園空間博物館 とかち大平原地区

北海道帯広市

北海道芽室町

北海道中札内村

田園空間博物館『とかち大平原』

画像とかち大平原地区


博物館のテーマ

名称 田園空間博物館『とかち大平原』
テーマ 自然と人間の大平原~開拓、そして防風林とその暮らし~

この地域のもつ景観の最大の特徴は、自然(山)と人間の営み(防風林・畑・生活空間)により構成される農村空間の美しさとそのスケールの大きさである。空間のアクセントとなる防風林は自然条件を克服しようとした先人の英知の賜物で、その形成過程には歴史的な背景も大きく関わっている。
 そのため、防風林の保存・復元活動を支援するとともに新たな地域活動を誘発させ地域の活性化を目指す。

田園空間整備のコンセプト

日本の食糧基地・十勝を築き上げた背景。

○自然(強風、冷害等)を克服してきた先人の努力

 ・品種改良、輪作、防風林等

○自然(美しい景観、豊かな実り)の恵み

 ・日高山脈等の自然景観、先人の努力の結晶である広大な田園風景等

○人間の営み

 ・歴史的建造物や農作業機械の変遷等から農業を通した、地域の生活


地域の農業開発の歴史

本地域の開拓は、明治16(1883)年の晩成社の入植に始まる。明治28(1895)年、十勝農事試作場が開設、農業移民受け入れのために適作の選定が開始された。翌29(1896)年、植民地区画の払い下げが始まると「北海道の農場主」を夢見て多くの移民が土壌条件の良い十勝川のほとりから入植していった。日高山脈から吹き降ろす強風対策には、カシワの原生林を基幹防風林として計画的に残し、また、耕地の境界等には、カラマツやシラカバが植林され、耕地防風林を形成した。これらの防風林は強風対策のほか燃料対策としても保持され、十勝の現在の景観の基ともなっている。耕地は、川べりから高台へと除々に開発され、気候風土に適した豆作が畑作の中心となった。大正初期には、豆類の本州向け需要が活発化したことからその作付けが増大したが、豆類単作は地沃を奪い、さらに低温などの自然条件が追い討ちをかけ、十勝農業は甚大な冷害を受ることとなった。

画像開墾の様子

今日の十勝農業の基礎を築いた開墾の様子

その後、十勝農業は、安定的な農業経営を目指し、冷害に強い馬鈴薯・甜菜などの根菜類と小麦を取り入れた輪作農業を指向した。機械化・栽培技術の進歩・品種改良はその確立を後押した。加えて、農業者は豆作の導入など先進的な経営感覚にも秀でていたことから、国の諸施策も積極的に取り入れ、現在の農業王国十勝を築く土台を作ってきた。