第1章 計画の策定にあたって
渡島半島地域においては、ヒグマの生息域と人間の活動域が近接し、人とヒグマとの接触頻度が道内の他の地域に較べて非常に高く、様々な軋轢を生じているため、事故や被害を防止し住民の安全を確保するため、具体的で効果的なプログラムを具備したヒグマ対策の確立が急がれている。
一方、ヒグマは絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約)附属書Tに掲載されている国際的な希少動物であり、また、北海道の生態系の構成要素として重要な存在でもあることから、生物多様性保全の観点からも、将来にわたってその健全なる野生個体群の存続に努める必要がある。
このため、渡島半島地域におけるヒグマ対策の実施に当たっては、人間の英知と努力により、人とヒグマとの軋轢を軽減し、地域住民の安全の確保とヒグマの地域個体群の存続を両立していく方策が求められているところである。
これまでの調査研究の結果によると、渡島半島地域のヒグマの生息数は、「春グマ駆除」が実施されていた昭和60年代初めまでは減少を続けてきたが、それ以降は横ばい若しくは微増の傾向にあると考えられる。
ヒグマの管理においては、事故や被害を防止するために、ゴミや農作物に執着し出没しているヒグマなどを駆除などで対応している現状にあるが、全てのヒグマがその本来の性質から危険性や加害性を有しているものではないため、これまでの駆除を中心とした対策から、有害性の高いヒグマをつくり出さない予防的な対策も含めた総合的な対策に転換していく必要がある。
有害性の高いヒグマがつくり出される原因を取り除かないことには、いつまでも有害駆除を中心とした対応が続き、人手も予算も対応しきれないという事態に至ることが考えられ、これまでの対応を継続していく限りにおいては、極言すればヒグマが絶滅するまでその危険性を取り除くことや被害の防止を図ることができないのではないかと懸念されるところでもある。
このような現状から、渡島半島地域のヒグマについては、人との軋轢を軽減し、被害の発生を抑制しながら地域個体群の存続を図るという考え方を基本とした管理が必要であり、この点に留意しつつ、本計画を策定するものである。
(1) 計画策定の目標
本計画は、渡島半島地域における住民生活とヒグマとの軋轢を軽減し、人への危険性や農作物等の被害をできる限り減少させるとともに、北海道の生態系を代表する野生動物であるヒグマの地域個体群の絶滅を回避し、生物多様性の保全に配慮しつつ、自然資源としてもその存続を図っていくことを目指して策定する。
<基本目標>
@ ヒグマによる人身事故の防止
A ヒグマによる農作物等被害の予防
B ヒグマの地域個体群の存続
(2) 基本的視点
これらの目標を達成していくにあたっては、次の三つの事項を基本的な視点として、計画を推進していく。
第一に、ヒグマの特性を踏まえ、誘引物の適正な管理などの予防的対策(「先取り防除」)に重点を置いて問題発生の未然防止を図るとともに、出没時における危機管理体制の確立を進める。
第二に、生息環境の保全、人為的な個体数管理の実施を含めたヒグマの地域個体群の適正管理に向けて、科学的データに基づいて検討を行う。
第三に、地域住民や関係行政機関等の理解と協力のもとに、それぞれが相互に連携して情報を共有化し、地域の状況に応じた適切な対策を推進する。
渡島半島地域のヒグマの地域個体群の分布状況から、渡島支庁管内及び檜山支庁管内(奥尻町を除く)の全域に、後志支庁管内の島牧村・黒松内町・寿都町の3町村の区域を加えた地域を本計画の対象地域とする。
(別添「対象区域図」参照)
本計画の計画期間は、平成12年度から概ね10年間とする。
本計画は、「北海道野生動物保護管理指針」(平成8年10月策定)に基づき野生動物の計画的保護管理を進めるための施策の一つとして位置づけされるものである。
(1) 計画の構成
本計画では、ヒグマ対策の基本的な考え方を示すとともに、その目標実現のための対応策等を明らかにする。
この計画は、三つの章からなっており、このうち、第1章では、計画策定の背景やその目標、ねらい等の概要を示している。
次に第2章では、ヒグマ対策として必要な具体的対応策について整理しており、対応策ごとに、「方向性」として計画期間全体の長期的な取り組みの方針を示し、さらに「当面の実施策」として計画の前半概ね5カ年における具体的な実施策を示している。 当面の実施策では、概ね5カ年のうちに対策や検討に着手するものを挙げており、一部地域において実施する試験的な事業も含まれている。
最後に第3章では、計画を実行するにあたっての関係機関相互の連絡・調整や計画の点検・見直し等について取りまとめている。
(2) 計画添付資料
計画を補足するための説明やデータ・事例紹介等については、巻末に計画添付資料として示している。
本計画の目標を達成するために必要な具体的対応策は、以下のとおり5つに大別される。
各地域それぞれの事情に応じてこれらを適切に組み合わせて実施することにより、総合的にヒグマ対策を推進していく。目標とその対応策との対応関係を表1に示し、本計画の組立を図1に示す。
@ 事故や被害の未然防止(「先取り防除」)
A ヒグマ出没時の対応(危機管理)
B 地域個体群の管理
C ヒグマ対策に必要な人材の育成と総合的管理体制の検討
D 対策推進のための調査研究
方向性
ヒグマは、本来は注意深い動物であり、人間を避けて生活している。しかし、いったん人間の出したゴミや農作物などを採餌すると、人間の生活域は「容易に採餌できる餌場」であると学習し、人間に対する恐怖心よりも餌への執着心が上回り、出没が増加する傾向にあることが知られている。
このことから、農作物や農水産業廃棄物・生ゴミなどの採餌は有害性の高いヒグマを作り出す原因となることから、この様な機会を極力少なくするよう努めることによって、人とヒグマとの軋轢の軽減を図る。
当面の実施策
(1)農作物等被害の効果的な防除策の検討・普及
ア 電気牧柵による農地の囲い込み等の防除策を、状況に応じてモデ
ル的に実施する。
イ 有効性が認められた被害防除策の普及を図る。
ウ 被害防除策導入のための支援に努める。
エ 出没環境の情報収集に努め、各種環境条件の改善による出没予防の
可能性について検討する。
(2)生ゴミ等のヒグマ誘引物の管理
農水産業廃棄物・生ゴミ等のヒグマを誘引するおそれのある物の適正管理について、関係機関等で協議を行い、日常的な予防対策を実施する。
(3)普及啓発
ア ヒグマとの事故を未然に防ぐための正しい知識を、日頃から地域
住民や来訪者へ普及するよう努める。
イ 普及啓発に当たっては、普及啓発の専門家の助言を受けながら、わ
かりやすいプログラムの開発やフォーラムの開催などを進めるとと
もに、インターネットや地域の自然教室、学校教育などの場も積極
的に活用する。
ウ 作成したプログラムの内容に応じて、協力者(機関)との間で実行
に向けた調整を進める。
エ プログラムについては、常に効果を検証して必要に応じて改善を図
る。
方向性
ヒグマが人里等に出没した場合には、状況を的確に判断し、迅速な対応が求められ、そのためには、日頃からヒグマの出没に備えた体制を整備しておくことが重要である。
連絡体制、駆除体制など、危機管理のための体制を、単一または複数の市町村ごとに整備するほか、地域住民や来訪者への的確な情報提供を進め、地域社会の安全性を高める。
当面の実施策
(1)連絡体制の整備
ア 関係機関相互の情報伝達をマニュアル化して、緊急時の連絡体制
の迅速化・正確性の向上を図る。
イ 出没に際して常に適切な対応ができるよう、連絡体制確認のための
訓練等を実施する。
(2)駆除体制の整備
ア 緊急時に速やかに駆除を実行できる体制を最も効果的な地域単位
で整備する。
イ 人身事故防止、農作物等被害防止のために必要な駆除はこれまでど
おり実施する。
(3)誘引物の除去・隔離
ヒグマ出没時において、出没の原因となった誘引物が特定された場合には、その速やかな除去または隔離に努める。
(4)対応判断のための情報収集
出没した(または捕獲された)ヒグマの出没状況について情報収集・分析を行い、今後のヒグマ出没時における、より迅速・的確かつ効率的で安全な対応に反映させるための基礎資料とする。
(5)情報提供
ヒグマ出没時には、地元での安全対策を進める上で必要な、正確かつ最新の情報の把握と提供を迅速に行う。
(6)総合的危機管理体制の検討
危機管理を含む総合的な対策等を担う、ヒグマ専門家からなる新たな仕組みについて検討を進める。
方向性
生息動向等の科学的調査データを集積するとともに、出没要因や捕獲状況等の情報の収集分析などを進め、個体数を管理・モニタリングすることにより、各種被害の抑制と健全な地域個体群の存続を目指す。また、科学的調査に基づき、生息環境の把握や生息地保全の手法について検討する。
当面の実施策
(1)出没・捕獲状況の精査
ア ヒグマの出没・捕獲の際には、出没した個体、捕獲された個体に関
する情報を収集し、分析する。
イ ヒグマの生息動向と植生との関連の分析など、科学的な調査に基
づき、ヒグマの生息環境の把握を進める。
ウ 生息環境に関する分析をもとに、関係機関の協力を得てその保全管理
について検討する。
(2)計画的な捕獲の実施に向けた検討
事故や被害を未然防止し、地域個体群を適正に管理するため、問題を起こす可能性が比較的高い個体を計画的・効果的に捕獲する手法(「管理捕獲」)を検討する。特に管理捕獲の一つとして、出没情報や捕獲データの科学的な分析に基づいて「春季の捕獲」の実施に向けて検討を進める。
4 ヒグマ対策に必要な人材の育成と総合的管理体制の検討
方向性
ヒグマ出没時に出動する熟練した従事者等の高齢化が進むなど、現行の体制においては将来的に人材不足の問題が生ずると予想される。
また、事故や被害の防止、危機管理体制の整備を図っていくためには、関係者がヒグマ対策に必要な知識、経験、技術等を持つことが必要であり、市町村の範囲を超えた広域的な協力体制、「先取り防除」に対応できる体制、などが求められている。
このため、緊急かつ必要な捕獲を実施できる体制を維持するために、必要な研修を実施してヒグマの捕獲の経験と技術を有する従事者(熟練者)等の育成・確保を図る。
なお、ヒグマ対策を総合的に進めるために、被害防除や捕獲、モニタリングなど広く専門的に対応できる人材の育成・確保、さらには、これを擁する新たな仕組みの導入についても検討を進める。
当面の実施策
(1)研修等の実施
ア 市町村の行政担当者等を対象に、各種ヒグマ対策業務に適切に対処
できるよう、研修及び連絡体制確認のための訓練を実施する。
イ 捕獲従事者を対象に、出動時に的確に対処できるよう、出没・対
応事例を参考に状況判断等に関する研修を実施する。
(2)総合的管理体制の検討
ア ヒグマ対策先進地との情報交換などを進めることにより、対策の実
施上必要な実践的な知見の収集と活用を図る。
イ ヒグマの出没に対応できる熟練した従事者を確保するため、その
育成策や広域的な協力体制など、制度上の問題点や解決すべき課題
を検討する。
ウ 危機管理に備え、総合的なヒグマ対策等を担う人材の確保を念頭
においた、新たな仕組みについて検討を進める。
方向性
生息動向、生息環境、被害状況、社会環境等に関するモニタリングを進め、被害対策及び個体群管理を推進する上で必要な情報を継続して収集するとともに、具体的な対策の効果を検証するための指標として活用する。
当面の実施策
(1)対策効果の検証
ア 生息動向を調査して、ヒグマの個体数、齢構成、分布等を引き続
き把握するとともに、その精度のさらなる向上を目指す。
イ ヒグマの生息動向と植生との関連の分析など、科学的な調査に基
づきヒグマの生息環境の把握を進める。(第2章3(1)イの再掲)
ウ 被害状況の調査に当たっては、必要な情報の項目を整理し、被害
発生原因の分析、防除対策効果の検証等を進める。
エ ヒグマを取り巻く社会環境を把握するために、ヒグマに対する意
識、精神的被害の評価方法等の調査手法の検討を進める。
(2)管理技術の開発
ア 被害情報の分析を進め、その分析結果に応じて防除措置を試行す
るなど、被害防除のための管理技術の検討を進める。
イ 犬等による追い払いなど、ヒグマを駆逐するための方法について、
地域の実情に応じて実施が可能な技術の改善・開発を図る。
ウ 事故や被害を未然防止し、地域個体群を適正に管理するため、問題
を起こす可能性が比較的高い個体を計画的・効果的に捕獲する手法(「管
理捕獲」)を検討する。
特に管理捕獲の一つとして、出没情報や捕獲データの科学的な分析に
基づいて「春季の捕獲」の実施に向けて検討を進める。(第2章3(2)
の再掲)
この計画に基づく対応策の実施に当たっては、市町村などの関係機関と連携を図りながら、それぞれの役割を分担していく必要がある。
道は、各種の対応策を進める上で必要なヒグマの生息動向や環境条件などのモニタリング、被害状況の分析などの調査研究・情報収集に努め、市町村等がヒグマ対策を実行する上で必要なデータとして有効に活用されるよう情報の提供を行う。
また、必要に応じて各種対応策等の進捗状況や実施の効果等の点検を行い、計画の見直しを行う。
各種の対応策に関する関係機関の連絡・調整等を図るため、「ヒグマ対策協議会」(以下、「協議会」という)を設置する。
なお、ヒグマに関する調査・研究と、地元でのヒグマ対策に対する指導・助言機関として、北海道環境科学研究センター自然環境部道南地区野生生物室の有効な活用を図る。
(1) 道及び市町村が主体となって、渡島支庁管内全域を対象とした「渡島
地区ヒグマ対策協議会」と、檜山支庁及び後志支庁南部の計画対象地域を
対象とした「檜山・南後志地区ヒグマ対策協議会」をそれぞれ設置し、関
係機関・団体等との連絡・調整、情報の共有を図り、相互理解を進め
る。
(2) 協議会では、地域の実情に応じた適切な対策が連携して実施されるよ
う、各関係機関が当該年度に実施しようとしている対策の内容を取りまと
める。
(3) 各種の調査結果や各関係機関の対策の実施状況は年度ごとに取りま
とめて協議会で報告し、以降の対策の推進に役立てるものとする。
(4) 協議会では、各種対応策の実施に役立つ技術的情報及び実施事例を取
りまとめて「対策実施の手引き」を作成し、必要に応じて追加・改訂する。
(1) 本計画実施の方向性を明確にして各対応策に計画的に取り組むとと
もに、各種対応策等の進捗状況や実施の効果など、計画の達成状況を
逐次点検する。
(2) 自然環境や社会環境の変化に柔軟かつ適切に対応するため、本計画
は、実施から概ね5年を経過した時点で各対応策を再検討し、見直し
を図るものとする。