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ホーム > 環境生活部 > 生活局 道民活動文化振興課 > 暮らしの架け橋 十九歳の『江差追分』 2/2
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十九歳の『江差追分』 2/2

  『追分』には、うたい手と聴き手がいる。彼女がそのどちらでもあるとすれば、『追分』の一節の中にどれだけのメッセージを込め、また聴き手として受けとめられるかという新たな課題に直面しているようでもあった。一人の人間としての成熟度を自ら問いかけ、見つめ直そうとするひたむきな横顔。十九歳の『追分』は、多感であった。
 「人生経験はこれからだけど、十九歳なりの喜怒哀楽を伝える『追分』がうたえれば幸せです。日々感じるいろんな思いを『追分』に託して、江差をまだ見たことのない人にも、そのすばらしさを知ってもらえるとうれしい。『追分』は、江差の財産だから」。
 『追分』は本唄の文句だけでも三千種近くあるといわれているが、中でも彼女が好んでうたう歌詞がある。

 (前唄)
 国を離れて 蝦夷地ヶ島へ
 エンサノエー
 幾夜寝ざめの 浪まくら
 朝な夕なに きこゆるものは ネ
 友よぶかもめと浪の音
 (本唄)
 かもめの鳴く音に ふと目をさまし
 あれが蝦夷地の 山かいな
 (後唄)
 松前江差の かもめの島は
 地から生えたか 浮き島か


 その昔、江差での成功を願った人々は、父母や兄弟、あるいは恋しい人に別れを告げて生まれ故郷を後にしたのだろうか。来る日も来る日も荒れた海を眺め、波音を慰めにするしかなくなったとき、新天地への期待とは裏腹に望郷の念にかられ、内で叫びたい別れの辛さを改めて知ったに違いない。
 『追分』の持つ、波のうねりのような響きは、言葉にならない思いの糸を人知れず縒っていく過程そのものである。思いの狭間で叫び、泣き、そしてまた慰められながら流れていく人生そのものといえるかもしれない。内なる思いを音に編んだ『追分』は、多くの人々の生活からにじみ出る喜怒哀楽を集めては放出してきた唄なのである。

  “追分は人柄を聴くもの”といわれる中で、彼女の唄を支えるのは江差で生まれ育った十九年間そのものであろう。冬の曇り空に包まれるかもめ島、雪舞う海岸、牙をむく波、入江で哀愁に鳴くかもめ、階段状に連なる低い家並み。そんな日常の風景の中で生まれるさまざまな生活感情――。生まれ育った江差の中に自分を振り返り“どこから来てどこへ行こうとしているのか”を問いかけようとする心が、彼女の『追分』には見え隠れする。大半の歴代優勝者の持つ人生経験の厚みを考えれば、若い彼女の存在は特異といえるかもしれないが、日本一のタイトルを獲得したいま、彼女がこれからうたっていくのは自分のための『追分』であるはずだ。喝采も賞品もない代わりに、何の拘束も、プレッシャーもない『追分』。だからこそ、日々の出会いや別れ、その発見のすべてが唄の糧になる。
 「これからも江差を離れないと思います。今までもずっとそうだったから」。
 江差を愛してやまない彼女だからこそ、『追分』をうたう喜びを知り得たのかもしれない。


 『追分』の愛好者が全国から集まる江差追分会館には“追分道場”と呼ばれる場所がある。ここで『追分』を教える青坂師匠はかもめ島で生まれ育ち、やはり歴代日本一に名を連ねる一人であるが、年齢とともに人生経験を重ねたこの人ですら、物心ついてから数十年間うたい続けている『追分』をまだ極められないと言う。
 「基本の型を覚えるのは人生設計を同じこと。生きてる途中にこれでいいと思える人生がないように『追分』も終わりがないもんです。だから何千回、何万回とうたう。扉を開くたびにまた違う魅力を知らされる。それが『追分』です」。
 『追分』を前にすると、うたう側も聴く側も共通して、ある種、人間としての完成度を試されるような思いを隠せなくなる。人として本当の痛みを知り、喜びを分かち合える人でなければ、この唄の真の意味は理解できないのだろうか。

 “人生は落丁の多い書物に似ている”という芥川龍之介の言葉がある。『追分』もまた、落丁があるからこそ読み味わえる書物なのか。まだ数ページに違いない十九歳の書物は、これから埋まるであろう白紙のページを用意しながら、いまを綴っているのである。


北海道暮らし 4号 (平成6年2月発行)

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