Ⅸ 実際の災害時こころのケア活動事例
 
1 有珠山噴火災害(平成12年3月)16)
 
 精神保健(心のケア)活動は、阪神・淡路大震災以来、その重要性が認識されるようになった。震災による精神的ショック、長期避難生活に伴うストレス、将来への不安等から来る抑うつなどの精神症状に加えて、外傷後ストレス障害(PTSD)の問題が注目されるようになった。
 今回の有珠山噴火災害においても、家屋の損壊、事業所の事業活動停止による雇用不安や避難所生活・健康への不安等から心身両面の問題が考えられるため、北海道として初めて精神保健班(心のケア班)を室蘭保健所(現 胆振保健福祉事務所保健福祉部。以下同じ)保健医療救護センター内に設置し、平成12年7月26日まで避難所を巡回した。
 
(1)心のケア班の体制
 精神保健班(以下「心のケア班」)の設置は、事前の準備がなかったが、地震頻発・噴火の可能性が予想された平成12年3月31日に組織され、専門的指導機関である道立精神保健福祉センター及び北海道保健福祉部からのスタッフ派遣が決定され、即日現地に派遣された。同日有珠山が噴火し、噴火場所が当初予想しなかった市街地に近い場所であったことから、避難所の設置場所が虻田町を挟んで東西に分断される形になった。そのため、翌日には、2チーム目のスタッフが派遣された。
 心のケア班の体制は、次の視点から組まれた。
  ①避難住民の精神保健についてトータルにケアする。
  ②医療関係機関のボランティアの申し出を整理し、必要なところに結びつける。
  ③活動に際して安定した人的・経済的な供給を図る。
 その中で事務局の役割は、次の事項を担うこととした。
  ①心のケア対策の検討
  ②関係部門との連絡調整
  ③情報の収集と提供(広報など)
  ④保健医療救護センター全体との連携
  ⑤現地対策会議の招集
  ⑥専門的支援・指導
 これらの役割遂行にはすべて専門的な判断が必要であり、技術的助言を行うスーパーバイザーを保健医療救護センターに置くこととし、平成12年4月6日から道立精神保健福祉センターの職員が派遣(平成12年7月26日まで)された。
 その事務局は室蘭保健所保健指導課障害者保健係が担った。
 また、事務局の調整事務の応援として、北海道保健福祉部から事務職員が平成12年4月6日から6月20日までの間派遣された。さらに、避難所が八雲保健所(現 渡島保健福祉事務所八雲地域保健部。以下同じ)管内の長万部町に増設されたことに伴い、八雲保健所保健予防課主査(精神保健)も事務局のメンバーに加わった。
 精神科医、看護職員等の派遣職員の要請は、当初は北海道保健福祉部障害者保健福祉課が担当したが、後に保健医療救護センターの担当部署である北海道保健福祉部地域医療課(現 医療政策課。以下同じ)が担当した。
 巡回日程に関することや北海道各部局や北海道精神病院協会(現 北海道精神科病院協会)からの派遣職員等の受け入れは、事務局が担当した。
 
(2)巡回チームの体制と活動内容
 避難所等を巡回する「巡回チーム」は、当初は1班体制であったが、避難所の増設により翌日には2班体制となった。
 巡回チームの役割
  ①ケースの相談・面接及びケア方法の決定(必要時は治療も)
  ②ボランティアや駐在相談員への指導援助・助言
  ③心のケアニーズのアセスメント
  ④必要な一次予防の実施
  ⑤避難住民への心のケア教育
 心のケア班は、医療救護的な側面だけではなく、日常の悩みや相談などに対応するため、あらかじめ巡回チームの中に多職種が参加した。
 巡回チームは、道立精神保健福祉センター・道立保健所・道立病院・児童相談所・道立社会福祉施設・保健福祉部から派遣された医師・看護師のほか、精神保健福祉士・臨床心理士・保健師・作業療法士・児童福祉司・相談員・調整事務職員・運転手などの職員で構成された。
 4月1日~6月20日の間、東班(室蘭・伊達・壮瞥・洞爺地区)と西班(豊浦・長万部地区)の2班体制で、1班4日で概ね5日ごとに交代し、巡回活動を行った。
 6月20日から7月26日までは、1班2人体制で週1~3日情報収集・発信活動として巡回を実施した。巡回チーム数は合計33班、延べスタッフ数198人が従事し、延べ避難所数586箇所を巡回した
 
(3)心のケアの活動
 「心のケア」はフォローが必要と判断されたケース(本人が希望した場合と、保健婦または心のケア班が必要と判断したケース)を対象に、実人数で167人(延べ726人)であった。心のケア班がその時点で抱える要フォローケースは、巡回2週目(4月9日)がピークとなりその後減少し、6月11日からはなくなった。
 主な訴えをまとめると、圧倒的に不眠が多く41件、体の不調が32件、不眠を除く精神的な不調は22件、子どもの問題が38件、家庭内高齢者などの問題が12件、支援スタッフ側の問題が3件、一般生活相談が19件であった。
 傾向として、体の不調を訴える避難住民が多く、不眠もこれに準じたものと考えると73件で身体的な訴えが半分近くになり、ついで子どもに関する問題が多く、精神的な不調と一般生活相談がこれに続いた。
 精神的な不調では、不安・落ち込み・イライラなどが多く、PTSD関連の訴えは巡回活動時点ではなかった。
 
(4)事務局の業務
 事務局の主な業務は、情報の収集及び提供であったが、災害当初は手探り状態の中での対策であり、役割分担を文書化できたのは、4月下旬(災害発生後、約1ヶ月目)になってからであった。
 ①巡回チームの引継会議の実施
  避難所が虻田町を境として東西に分断されたことにより、巡回チームは西班と東班の2チームが組まれ
  た。派遣期間が1週間交代であったため、交代前後にそれぞれ引継ぎを行い、各担当間で避難所状況や
  ケース連絡を実施した。
  1週間という期間ではあるが、避難所での様々な経験を次の活動に生かしてもらおうと綿密な打合せが
  行われた。
  その後、派遣期間の重なりがなくなったこと、専門職種が道立機関以外から派遣されることになったた
  め、チーム間での直接的な引継ぎは5月5日に終了し、以後は各班の状況をスーパーバイザーが聞き取
  り、次の班へ引き継ぐ形とした。
 ②全体会議の実施
  両班の活動状況の調整を図るため、西班と東班で巡回日程の中間に、全体会議を開催した。
  当初、室蘭保健所のみで開催していた会議は、八雲保健所の関係者及び豊浦町の避難所に常駐して
  いる北大医療班に精神科医が出席することを考えて、長万部町(保健センター)と交代で開催することに
  なった。
  全体会議では、関係機関への情報提供の様式の必要性、活動マニュアル作成への要望などが出さ
  れ、その後の巡回に生かされた。
  その後、専門職員の派遣が隔日になったため、全体会議での定例的開催は5月20日で終了し、以後は
  実施状況報告の中で、スーパーバイザーへの報告という形をとった。
 ③巡回チームへの情報提供
  保健活動班など他班及び関係機関の動き、当日巡回予定の各避難所や対象者の状況(保健指導班か
  らの聞き取りが主なもの)を巡回チームに周知した。
 ④各種報告様式の作成
  報告書の様式を作成できたのは、災害発生から3週間が経過した時点で、それ以前は保健活動班の
  健康状況連名簿などを活用した。
 ⑤心のケアニュースの発行
  心のケア班情報発信の方策として、4月8日より「心のケアニュース」を避難住民用とスタッフ用に発行し
  た。
 ⑥事務局会議の開催
  事務局会議は精神保健福祉センターから派遣された精神科医のスーパーバイザー、北海道保健福祉
  部派遣職員、室蘭保健所職員のメンバーで毎日実施した。班体制の見直しをする場合は保健福祉部地
  域医療課職員及び八雲保健所の担当者も出席して開催した。
 ⑦保健活動班との連携
  避難所の人々の健康を支える最前線に立っていたのは、室蘭、八雲両保健所の保健活動班であった
  が、活動の初期には保健活動班と心のケア班のどちらの班もあまりにも多忙で、十分に話し合う時間さえ
  取れない状況であった。事務局は各避難所担当保健師か ら情報を確認し、巡回チームへ情報を提供す
  る役割を担っていた。
  活動が一段落した6月上旬から保健活動班と心のケア班が定期的に打合せを開催し、その後の地域
  精神保健活動の展開に結びつけることができた。
 ⑧ボランティアの受け入れ
  活動当初より、ボランティアの受け入れについては検討されていた。伊達市・虻田町・豊浦町に設置され
  たボランティアセンターと打合せを行い、専門職(医師・保健師・看護師・心理士・精神保健福祉士・ソーシ
  ャルワーカーなど)の登録があった場合は、 専門職ボランティアとして活動できることを周知してもらうこ
  とにした。
  専門職ボランティアとして活動の希望があった場合は、情報(各避難所の状況・対象者の把握状況な
  ど)の提供と実施内容についての報告を受け、心のケア班活動へつないだり、連携しあった。
  関係団体からのボランティア活動については、道立精神保健福祉センターが意向確認し、オリエンテー
  ションを含む活動の調整を行った。
 ⑨関係機関との連携
 <「赤十字心のケアセンター」との連携>
  伊達赤十字病院内に設置された「赤十字心のケアセンター」とは、活動等について、当初から情報交
  換・連携を行った。
  「赤十字心のケアセンター」は、電話による相談をはじめ、伊達市及び長万部町の主要避難所における
  心理士などによるメンタルヘルス活動、理学療法士、作業療法士、看護学生によるレクレーションや健康
  教室などを実施していた。
  これらの活動と重複や混乱を招くことがないように、情報交換・連携を図り巡回チーム活動を調整した。
 <はまなす隊との連携>
  北海道警察は、避難誘導や警戒活動に従事していた災害警備隊とは別に、避難住民の支援を目的に
  女性警察官や少年警察補導員等による女性特別部隊の「はまなす隊」を結 成した。
  各避難所に数名ずつ常駐して「困りごと相談所」を開設し、避難生活にまつわる悩みや困りごと、各種問
  い合わせの対応を行っていた。これは女性ならではのきめ細やかな 支援活動であった。
  このような活動の中には「心のケア」的要素のものもあるのではないかとの思いで、本部との打合せを 
  実施したが、最終的には心のケア班に相談されたケースはなかった。
 
(5)精神障害者の状況
 災害発生に伴い、保健所で把握している精神障害者の情報は、生活支援対象者は保健指導係が、通院医療費公費負担対象者は障害者保健係が対象者一覧(避難地区の対象者名簿)を作成し、各関係機関からの照会対応に備えた。
 各避難所には、保健所で把握している精神障害者も避難していた。交通の遮断により、通院・服薬が心配されたが、交通遮断が長期化しなかったことや迂回路があり当初の予想より影響は少なかった。
 また、全道の社会復帰施設(生活訓練施設)入所可能人数等の受け入れ情報があり、心のケア班・保健指導班に情報を提供したが、利用者はいなかった。
 
※「平成12年有珠山噴火における保健医療活動(北海道室蘭保健所)」より抜粋し、編集、一部変更したものです。
 
2 台風10号災害(平成15年8月)17)
 
 平成15年の台風10号は、死者・行方不明者等の人的被害をもたらし、家屋損壊・田畑への土砂流入による財産喪失など地域全体に多大な被害を与え、地域住民に大きな心的ストレスをもたらした。
 災害発生以降、保健所・町保健師による被災者の健康状況の把握を行っている中で、家族を失った人や、家屋等の財産を失うなどの被害を受けた住民には、大きなショックや不安があることが把握された。このような被災住民には後に大きな障害が生じる懸念もあることから精神保健面についての対策が急務となった。
 
(1)初動期(緊急対応期)(災害発生後~8月20日)の活動
 8月15日、精神保健福祉センター精神科医、保健師、道疾病対策課事務職員が現地に入り、室蘭児童相談所から派遣された児童福祉司らとともに、被災地及び避難所を巡回し、避難住民と直接に面談した。また、町、保健所の保健担当者と情報交換を行った。
 その結果、把握された災害状況、災害の特徴、地域住民の健康状況、精神科医療の確保に関する緊急体制の必要性、非常時の災害精神保健活動チーム編成の必要性について次のように整理された。
 

台風10号被災地への初動による状況把握と課題の確認
(1)この災害の特徴について
 ①死傷者及び腰の上までの浸水や激流を体験した心的トラウマの体験者が存在する。
 ②財産を喪失した人、床上浸水で生活復旧の困難な人がいる。
 ③避難所はおそらく長期化しない。
 ④過疎地であり、盆休であることもあり、外部からのボランティア活動はほとんどない。
 ⑤火山や大地震のような余震の継続や反復災害の驚異は低く、避難所も早期に閉鎖されるので報道などからはネグレクトされやすい。

(2)状況及び当面の課題
 ①保健所の災害精神保健活動は初期の情報収集段階にある。災害状況、人的被災状況の全貌はまだ把握されていない。
 ②有珠山噴火の「心のケア班」とは違うシステムで対応できそうである。臨時の組織形態や会議、情報伝達など活動システムをどうするべきかが課題。
 ③当面の動きが考えやすくなるように、精神保健の活動視点について助言が必要。
 
 以上から、当面は、有珠山噴火時の「心のケア班」のような、精神保健福祉センターか
ら精神科医等のスーパーバイザーを現地に滞在させる「常駐型の精神保健活動チーム」は
編成せずに対応を考えることとなった。                     
 また、保健所・町保健師に対しては、被災者の心理的反応と災害トラウマについての講
義と予後の精神保健活動についての助言を行った。                
 精神保健活動に関する指導内容は次のとおり。                 

初期活動に関する現地小講義(その骨子)
 8月16日、静内保健所及び新冠町保健センターにて、保健師を対象に次のような骨子のミニ学習会を実施した。
<主な内容>
①台風10号の災害におけるトラウマはどのようなものか
②災害精神保健活動の基本視点
 ・住民全体への予防的対応をする
 ・トラウマ体験や災害時に発生した精神障害に早期対応する
 ・精神障害者の精神安定の保持に配慮する
③災害でおきやすい心理的負荷について
 ・心的トラウマ
 ・喪失の心理反応
 ・避難生活ストレス
④当面の初期活動のすすめ方
 ・健康状況を把握する 
 ・トリアージし二次対応につなげる
 ・必要なことを少しずつ勉強しながら進む
 
 
(2)早期活動期(8月21日~9月30日)
 保健所と町保健師による被災初期の健康状況の把握活動に続いて、特に被害の著しい4地区を会場に保健所主催の保健福祉相談会が開催された。
 被災住民を主な対象に、新冠、門別、平取の各町に静内保健所長以下のスタッフが赴いて保健福祉相談を行った。相談には道疾病対策課、苫小牧保健所、精神保健福祉センターの精神科医が参画した。
 精神科医は「心の健康相談」の部分を担当とし、住民の不安や恐怖心、トラウマに対するカウンセリング、災害時の心理的反応に対する心理教育、心の健康維持に関するガイダンスを、個別相談の中で行った。
 また、被災住民の心身面の不安や健康の保持に関する疑問等に対応するために、静内・浦河両保健所に「こころとからだの健康相談」窓口を設置。24時間態勢で対応した。9月10日以降には、これまで保健所、町の連携でトリアージし、その経過をフォローアップしてきた事例に対し、保健所と町の担当者が専門医の面談を声かけし、提案を受け入れた事例には診察やカウンセリングを行った。また、その時点で受け入れがない事例は、事例検討を行いながらの経過観察とした。
 また同じ時期に、保健所に設置した相談窓口を住民に周知するため、保健所がリーフレット「こころのケア」を作成し、静内保健所管内全町全世帯への配布した。
 リーフレットは、災害による深刻なストレスを体験した後の様々な症状や回復方法をわかりやすく説明するものであった。
 
(3)維持期・統合期の活動(10月~平成16年2月)
 11月6日に、保健所のこころのケアの取り組み状況と各町の情況を意見交換するためにメンタルヘルス対策会議を実施し、これまでの活動の評価と反省、関係者間の情報共有、連携の確認を行った。
 町からは、「危機管理マニュアル等で災害に対する一定の備えはあるつもりであったが、いざ災害が勃発すると直近の生活支援の対応に追われて、一時は保健師もその部分で機能させざるを得なかった。」「保健師の精神健康の維持における専門的機能の活用の重要性を再確認した。」「不慣れな精神保健の分野の災害への緊急対応については、保健所からの支援が大変心強かった。」などの発言があった。
 11月25日には、精神保健福祉センターの精神科医師を講師に、災害時の急性ストレス反応やPTSD、こころのケア活動の留意点、災害後の精神保健活動の進め方等についての研修会が静内保健所で実施された。
 終了後には、精神保健福祉センター医師による災害で家族を失った被災者の個別面接及び対応上のコンサルテーションが行われた。
 平成16年1月22日にも、精神保健福祉センター医師により、静内保健所でフォローアップ、経過観察している個別事例の検討やコンサルテーションが行われた。
 
※「台風災害時の保健所活動-平成15年 台風10号-(北海道静内保健所)」より抜粋し、編集、一部変更したものです。
 
3 新潟県中越地震に対する北海道こころのケアチーム活動
 
 平成16年10月23日午後5時54分に発生した震度7の地震により、小千谷市を中心に被災が広がった。地震発生後すぐに「こころのケア」が必要とされ、被災した新潟県庁の要請に基づき、各都道府県からこころのケア班が派遣された。北海道は岩手県とともに小国町において活動を行った。
 
(1)小国町の概要
・ 人口7200名、高齢化率34%であり3人に1人が65歳以上と高齢者が多い。
・ 主要産業は農業であり、山間を切り開いて棚田をつくり稲作を中心とした農村地帯である。また、地域の伝統工芸として小国和紙の生産も知られている。
・ 町内には古くから伝わる仏像や地蔵、寺なども多く見られる。雪が深いことから高床式の木造家屋、瓦屋根の土塀等の家が多く、穏やかな田園風景が広がっている
・ 住民はこの地に昔から住み着いた人たちが多く、各集落が2~3の名字しかないように住民の結束力は強い。地域のリーダーとして総代さんの存在が行政と住民のパイプ役をしている。高齢者や障害者等に対し助け合って見守る体制はあるものの、精神障害等 に関しては隠す状況も見られる
 
(2)今回の被災状況
・ 10月23日午後6時頃地震があった。夕食時であり各家では家中の人々が集まっていた時間であった。
・ 本震後、震度6の余震が3回、震度5の余震が1回あったという。
・ 本震と1回目の余震の間に、住民は野外に出ている。その後、集落ごとに集会所や学校等に避難した。また、野外にテントを張って過ごしている。
・ 地震当時、約1,800名が7ヶ所の避難所を活用、車中泊や車庫、納屋での生活をすることになった。
・ 23日から26日までは小国町に隣接する小千谷市、長岡市、柏崎市に通じる国道、県道は土砂崩れにより通行できなくなった。また、電話、電気、ガス、水道が止まり陸の孤島と化した
・ 26日から、徐々に回復し交通機関は28日に柏崎市、長岡市と通じるようになり、11月に入り小千谷市にもに通じるようになったが、道路のひび割れや谷側が崩落している状況であり、片側通行の場所も多い。
・ ライフラインはガスがもっとも遅く11月になってから使用できるようになっている。水道は2集落で使用できないところもあるが、井戸を活用することにより供給されている。
・ 住民は23日・24日は避難所等で過ごしていたが、25日からは自宅の修理、農作業等に出ており、11月3日には避難所は3ヶ所に縮小され、11月4日には2ヶ所になる。法末(ほうすえ)地区、山野田地区の被害が大きく避難勧告が出されており、仮設住宅が建つ(11月中旬まで)避難所を活用することになっている。
・ また、自宅が半壊した人や高齢者で介助が必要な人については、日中のみ避難所を活用している。
・ この地震による小国町での死亡者は80歳の男性1名、避難所に避難した後に地震のショックにより脳梗塞を起こし死亡している。
 
(3)避難所生活の状況
・ 直後は1800名の町民が避難をし混乱した状況があったが、11月5日から避難所は2 ヶ所になり、活用している住民は約150名。避難勧告のでている法末、山野田地区の人々であり、仮設住宅が建つまで避難所生活になっている。
・ 日中は殆どの人が後片付けに出ており、避難所は10名前後になる。午後5時には大半が帰ってくる。食事、付近の風呂に入り9時には消灯となる。
  消灯については、7日より10時となった。
・ 同じ集落の住民が1つ部屋を使用しており、気持ちが分かり合えるので心強いと言われている。その反面何でも分かられているため、プライバシーが保てないとの声も聞かれる。助け合いの精神が強く、それぞれの地域が持っている力は大きいと感じられた。各集落ごとに総代がおり、その人を中心に物事が決まるようだった。
 
(4)避難住民の状況 
①子ども達の様子
・ 避難所に乳児(6ヶ月児)は1名、幼児数名がいた。乳児の沐浴は子育て支援センターで実施できた。幼児の保育園は11月5日から開始されている。
・ 乳児は震災のあった日から数日ぐずる、些細な音に身体を震わす、ミルクを飲まない等の症状があり母親が殆ど抱いていたが、3日目から落ち着いてきた。
・ 1歳6ヶ月の女児は震災後、食事をしない、音に敏感になり身体が震える。便秘になったり親を捜し甘える等の行動が見られた。
・ 保育園では地震ごっこが流行している。
・ 学校が始まったが、小学生について登校時親が送っている。下校時間が違うためひとりになる子どもでは「怖いので学校に行きたくない」と言う子もいる。
  下校途中の道路もひび割れや崩落してるところも多いため親が下校時の迎えをしている家も多い。
・ 低学年より小学3、4年生の子どもに不安が強い。親から離れられない、夜中に泣く、学校に行きたがらない児が見られる。
②中・高齢者
・ 3人に1人が65歳以上のため、身体不自由や呆けが見られる人以外は自宅の片付けや畑仕事に出ている
・ 夕食後、飲酒することが多い。「この町の人は酒に寛容だ」と保健師が言うように、日中の懇談会や訪問者に酒を出すことが慣習になっているようだ。大量飲酒者もいるが、こんな時期だから・・と周囲が受け入れており避難所では飲酒のトラブルはないが、今 後の課題にはなるだろう
・ 高齢者では、一時的に混乱状態になった人もいたが落ち着いてきていた。しかし、自宅の崩壊や田畑が土砂で埋まった人の中には、抑うつ状況で寝込んでしまった人や、痴呆が悪化したり、不安のため不眠、高血圧等を発症する人も出ていた。
③精神障害者
・ 通院治療中の人たちについては、民間宅急便や長岡市内病院の訪問看護婦が薬を運んできたため服薬がとぎれることはなかったようだ。しかし、避難所等で人が多く混乱していた場所では不安が高まり、対人関係が保てず帰宅し、自宅の車庫や納屋等で避難し た人が多かった。
  ※避難勧告のでた法末(ほうすえ)地区でも知的障害者のいる世帯が避難しなかった。
・ 混乱の中では、どこに行ったらよいか分からなかった。家から出ない子どもをどうすればよいか困った等の声が聞かれた。
・ 地震のショックから寝たきりになった人も見られた(60代統合失調症の女性)
 
(5)派遣活動日程                                





 

 

    期   間

   担 当 者

 第1班

10月28日~11月4日

医師1人保健師2人事務職1人
 第2班 11月 4日~11月11日 医師1人保健師1人事務職1人
 第3班 11月11日~11月18日 医師1人看護師1人事務職1人





                                       
(6)各班の活動
①第1班
 震災6日目に派遣された。県庁、新潟県精神保健福祉センター、柏崎保健所と打ち合わせを行った後小国町に入った。小国町の状況は被災状況などの情報が乏しく町に到着するまでは全く分からず、混乱した現場で支援を開始した。
 小国町では震災による住民の不安を重要視しておりこころのケア班の活動には期待が大きかった。
 活動は7つの避難所住民の巡回相談及び個別相談が主体であった。様々な不安や不満から心身共に体調の不調を訴える者が多く、睡眠障害や不安状態から服薬を希望をする者もいた。また、急激な環境変化や服薬の中断等により精神症状の悪化した精神障害者の対応や家庭訪問も行っている。
 なお、被災住民は避難所だけにいるわけではなく。車や戸外でテント生活をしている人もいることから、健康相談に派遣された保健師(群馬県)と協同で全戸調査を行う中からハイリスク者の選定と支援を行っている。
 
②第2班
 震災後2週間目に第2斑は入っている。余震はまだ収まっておらず日に数回は続き時々震度4~5のこともあった。この頃から被災者は自宅に戻りはじめ、7ヶ所の避難所は2ヶ所に縮小された。ライフラインも徐々に回復されて、学校や各職場等も再開され始めた。自宅の整理で避難所は日中殆ど人がいないこともあり、巡回相談は夜に実施し、昼間は第1班が行った全戸訪問の事後支援を行った。ストレス症状を発症した人や精神症状が悪化した人の経過観察を中心に家庭訪問を行い、通常活動への整理を開始した。また、町が設置した電話相談への対応やPTSDの早期発見について救護班担当者や現場保健師と検討会を開催した。
 
③第3班
 地震の発生から20日近くを経て、身体に感じる余震は1日1回程度の減少していた。道路の陥没やひび割れはそのままのこり、大きな崩落も見られているが、町民の殆どは自宅に戻り、町内の診療所、病院、作業所、デイケア等も3班活動中に再開された。住民は日常を取り戻すための営みを始めた。
 そのため、活動は災害前の精神保健福祉活動の移行を主点に、現地の職員と共に活動を行った。避難所の巡回指導は第2班と同じ形態で行った。昼間は精神障害者の経過観察のため家庭訪問を行い、医療確保がされているか、病状悪化はないかを確認し、必要に応じ各医療機関と連携をとった。また、現地の行政スタッフに疲労が強く、服薬、カウンセリング等のケアを行った。
 
(7)派遣活動のまとめ
①今回の震災は、山間の地域を突然襲ったものである。これまで大きな事件もなく、町の住民全員が身内であるような穏やかな地域にとって、「現実とは思えない出来事」であった。家は壊れ、山間を縫って走る道路は殆どが亀裂、崩壊している。田畑には山から崩れた土砂が堆積し生活基盤がなくなった地域も出た。
 
②地震直後は1800名が避難所生活をしたが、2週間後には2ヶ所に避難所は減っている。しかし、家に帰っても戸外で生活している人が多く余震への恐怖感は大きかった。避難所や訪問先では、拒否されることは殆どなく住民全体が軽繰状態になっており、自分の体験した内容を繰り返えして話しながら、今の現状を納得しようとする反面、不安や怒りが大きいように思えた。
 
③障害者の対応を見ると、身体障害者や寝たきり高齢者については24日には施設入所等の措置が執られており、精神障害者については通院者の服薬維持をするための手段は確保されていた。しかし、障害者自身にとって、地震のショックに加え、避難することによる環境の変化と対人関係は大きな負担である。そのため、避難所には1~2日くらいしかいることができず自宅に帰っている人が大半であった。
 
④これらの状況の中で、こころのケア班として岩手県と共に派遣されたが、派遣要請をした町自体が何をして欲しいのかが分からない状態が見られた。
 
⑤岩手県チームと検討した結果、「現在おきている住民のこころに関する問題に対応すること」「小国町が従来の精神保健福祉活動に戻るまでの繋ぎ役として活動すること」「住民には小国町役場等の担当者も被災住民とすること」を方針とした。
 
⑥今回の震災では町や担当者自体が混乱する中で活動をしており、災害による活動と従来の活動の分離はできづらく、また診療所や相談室形態での対応は難しい。健康管理や相談業務で派遣されている救護班、保健師班と連携をとって行わなければならないし、活動時間も住民の動きにあわせることが必要である。ともすれば、自分達の活動をするために担当者に様々な資料や準備をさせてしまうことがあるが、できるだけ自分達で活動できる用意をするようにした。
  
<新潟中越地震での活動からえられたこと>
①「こころのケア」活動を進めるにあたり、特に第1陣の重要な役割として、活動しながら「こころのケアチーム」の役割や位置づけを整理することがあげられる。被災自治体においては、ケアチームの受け入れは初めての体験であり「こころのケア」に対する期待は大きい。雑多な困りごとについて相談が要求されることがあるが、その地域に合ったシステムを用いて他の職種とともに解決に向かう姿勢が大切である。これは、派遣先自治体の実情に応じたこころのケア活動の土台づくりにも結びつく。また、現状の分析をし、撤退時期を見据えた対応を進めることが必要である。
 
②2つ以上の都道府県のチームが入る場合は、双方で活動方針を共通にすること。
 
③こころのケアは避難所だけではなく、その地域全住民が対象になることもある。また、一般的な相談室、診療所形態での対応ができない場合もあることを念頭に置く必要があり、時期に応じて家庭訪問等の活動や、教育分野等との連携も必要となる。
 
④各医療、健康相談チーム等が入っているため、避難者へ重複した聞き取りや相談を避けるためにも、連絡会議を行うなど情報の共有が必要である。
 
⑤精神障害者支援では、震災当初は医療の確保と症状の安定が保障されることが重要であるが、その後は生活基盤の回復も含めた支援が必要となる。
 
 精神保健活動は、平成14年から市町村へ精神障害者福祉サービス等の事業が移行されるなど活動体制が変化した。そのためか、今回は県・精神保健福祉センター・保健所・町の連携が混乱し、派遣チームが独自で活動を進めたところもあった。今後、大きな災害について、こころのケアを担うための職員の派遣が活発になると思われるが、適切なマンパワーを提供しうる派遣・支援体制の構築が必要と思う。